風吹く木々の声///

 がらんとした部屋が退屈すぎて、彼女は外へと出た。廊下を通ると誰かにあってしまうかもしれないし、そうなってはまた面倒があるかもしれない。大分世界に毒された思考回路は「ならばこのまま外にいけばいいや」と窓を開け放った。
 2階の高さがあったがそれはそれ。受身さえ上手く取れば問題はないと、彼女からしたら”なんてことはない高さ”からひょいと飛び降りる。がさぁ!と足元の草が音を立てたが、思ったよりも静かに着地を決められたと彼女は満足げに窓を見上げる。
 2階の高さは、いつも見ていた目線と対して変わらなかった。


 さくさくと足元の草を踏みながら広い敷地の中を歩き回る。少しだけ高くなった丘。そこには木が一本ぽつんとたっているだけだった。人気もない。当然だ。宿舎からはそれなりに離れたし、こっちのほうで訓練が行われるという噂は耳にしなかった。

 木に手を当てる。ぺたぺたとその感触を確かめてから、すこし上にある幹へ手を伸ばした。ぴょんと跳ねると同時に胸の高さにあった溝へと足を引っ掛ける。また手を上へのばし、今度は逆の足を枝の分かれ目へと載せた。何度か手を上に伸ばし、足を上へ伸ばし、彼女は器用に木を登る。それなりの高さがある木の、彼女が乗っても安全そうな場所で、ふぅと息をついた。

 木の葉に隠れてしまって、きっと彼女の姿は見えないだろう。上部の太い幹に、だらんとうつぶせになる。落ちないように気を遣いながら、バランスをとり、両腕をさらにだらりとぶら下げた。まるで木の上に干されたか引っかかったかのような体制で、しかし彼女はこれでリラックスしていた。
 長いこと、人間で例えるならば四つん這いの姿勢で生活していたせいだろうか。人の姿を手にしてしまった今でも、そういった癖が滲む時がある。太い尾がないためバランスが取りにくいと時折思うことさえあるのだから困ったことであった。

 緑の匂いに体をあずけながらくぁ、とあくびを漏らす。

 いくらかまどろんでいるうちに、遠くが少しばかり賑やかになり始めた。ひゅんと風を切る音を、遠くの遠吠えを拾うような耳が聞いた。

「いたかー?」
「いねぇ。」

 周囲に木のないこの場所には、さすがの彼らも立体機動を使うことはできなかったらしい。さくりさくり。踏み心地のいい草を踏みながら周囲を探る彼らを、トトは上から眺めていた。

「トトーー!どこだーい!」

 ハンジが両手を口元に当ててそう叫ぶ。なんだ、自分を探していたのかとトトは高い木の上で考える。もうすぐそこにいますよ。口にせずに答えながら、トトはしかし起き上がる気力もなくだらけきったまま二人を見ていた。
 こんなにそばに居るのに、あのふたりは気がつかない。隠れん坊をするならば、高いところがいいというのは聞いたことがあった。存外その通りなんだなと感心しながら、ゆらりと足を振った。

「トト…どこに行ったんだろう。」
「さぁな。」

 ぞろぞろと人が集まり始める。方々を探したらしく、いやぁそれは申し訳なかった、と思いながら聞かなかったことにしようと画策する。こうして人に探されることは久しぶりで、ともすれば逃げ切ってみせようかなどという心が湧き上がる。彼らはハンターではないし、こちらに危害を加えることはないとわかっていても。追われれば逃げたくなるというものだ。

「飯の時間になったら帰ってくるだろ」
「今日のごはんは、なぁに?」

 がさり。木を揺らして下を覗く。驚いたと言わんばかりの目がいくつもこちらをみた。くぁ、と思わず漏れたあくびをしながら、よいしょと木の上から身を起こす。
 ひょい、と足を、手を木に引っ掛けながら一瞬で降りる。

「て、てめぇ…」
「あぁ!よかった!トト、こんなとこに!」
「ちょっと散歩に、さ。」

 探したんだぞ、と苛立った様子でリヴァイが頭を叩いた。うん、とトトが答えたが、あまりにふわりとした様子にまたリヴァイは無言でその頭を、一層強くひっぱたいた。
 あんまり殴ってやるなよとハンジがトトをかばうように間にはいるが、「甘やかすな」と静かに唸られては、ハンジであっても少々身をこわばらせるしかない。それで、ご飯は。と悠長にトトが聞くものだから、リヴァイはとうとう足が出た。

 ごっ、とその腹を蹴り飛ばされてもトトはけろりとしていた。ごろりごろんごろごろ。なだらかな丘を少しばかりころがった彼女に、ようやくこちらに向かってきていたエルヴィンとミケが駆け寄る。

「だ、大丈夫か」
「うん。」

 普通ならば。普通であったなら、きっとあのリヴァイの蹴りを受けたら、しばらくはその場で蹲って痛みに悶える。だが彼女はうまいこといなしたのか、それとも腹が丈夫なのか、痛みに鈍いのか。すぐに受身を取って立ち上がった。くぁ、とあくびを漏らしたのは、単に眠かったからだ。

「結局どこにいたんだ?」
「そこ。」
「器用なもんだな。」
「まぁね。」

 緩く笑った彼女が今度は宿舎に帰ろうとばかりに背を向けてさっさと歩き出す。あ、待って。とハンジが追いかけ、無言でリヴァイがついていく。やれやれと肩をすくめたエルヴィンの肩をミケがぽんと叩いて並んでゆっくりと歩き始めた。

 ミケも気がつかなかったのか。ようやく見つけた時にはもう見つかっていたんだ。匂いを消すのがうまい。慣れてるからね。本当にお前は動物みたいだな。いや、本当に怪獣そのものだね。しっぽがないと。うん?尾がないとバランスが取りにくくて仕方がない。ははは、それは私たちには理解ができない領域だな。そうだね。なんで登ってたんだ。ちょうどいい高さにあったから。そっか。

 わいわいと話しながら歩いていく一団を、宿舎で待っていた面々が出迎える。

 どこに行ってたんですか! また勝手にいなくなって。 心配した。 怪我とかはしてないですか。 ううん、大丈夫。 さっきリヴァイに蹴飛ばされてたけど。 え。 平気。あんまり痛くなかった。 だってさリヴァイ。 俺は本気で蹴ったんだがな。 トトさんさすがだなぁ。 どうやって抜け出したんですか。 窓があったからね。 え。 立体機動装置とかもないのに。 そんなものいらないよ。 えっ。 できるよ、タイミングさえわかればね。 無理だ。 無理。

 エレンやミカサをはじめとした若い、まだ子供と言っても差し支えのない面々が彼女を取り囲む。輪の中にはやはり、ハンジたちも混ぜ込められていて、一層賑やかになっていた。うるさいだろうにリヴァイは意外と文句を言うことなくついていく。
 彼女の正体を知ってもなお、いや、知っているからこそ、か。彼らはきらきらとした目でトトを見上げる。見慣れない橙色の髪や、黄色の目を見るのは好きだった。いつもは飄々とクールなように見えるが、実際にはお茶目で優しい性格の彼女を少年たちは知らぬ間に慕っていた。さらに強くて逞しいとなれば、なつかないはずがない。

「おい」
「うん?」

 リヴァイに呼び止められて彼女が立ち止まる。周りも止まった。

「なんで外に出た?」

 まさか逃げるつもりでもあったのか、と彼は聞きたいのかとトトは思案する。ただ純粋な質問なのか、とも思う。思ったよりも緊迫した空気が廊下に張り詰めたが、トトはとりあえず、本心を答えることにした。どう繕ったところで、きっとこの目の鋭い男は納得しないだろうし。と。

「部屋、つまらなくて。」
「……それで。」
「外、晴れてたから。」

 だから出たんだ。

 その時の外の美しさは彼女しかしらない。快晴の空、雲一つなく太陽が降り注いでいた。青々として草原は風によってなでられるたびに不思議な模様を地面にゆらゆらと描き続ける。ぴぃと声を上げて飛ぶ鳥が気ままに去っていき、木々がその大きな体を揺らして、まるで眠たげにしていたのだ。
 ふと”故郷”の自然を思い出した。そんなことリヴァイたちに言うつもりはなかったが、あの頃は自由気ままに駆け回っていたことを思い出した。それから、自分に必死についてくる友人たちのことも。だから、つい、外に出てしまったのだ。

「……そうか。」
「うん。」

 楽しかったよ。
 トトがあまりに嬉しそうに笑うものだから、リヴァイはそれきり何も問わなかった。く、と誰かの腹が鳴る。食堂はもうすぐそこだった。



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リクエスト『in進撃でほのぼの』でした。

mae  tugi
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