去る景色の向こう岸///


 馬はいるのに、人はいない。

 木の上に器用にのぼったまま、鞍をつけた馬が走り去っていくのをトトは見送っていた。その立派な馬に見覚えがあるトトは、ぴょんと高いところから飛び降りて振り返る。馬が来た方向は森の奥。少しばかり暗く見えるその方向から、微かに声が聞こえたのは気のせいではない。

 誰かいる。きっと、それは緑色の外套を身にまとっている人たちだ。

 トトは大きさの合わない靴を鬱陶しいとばかりに脱ぎ捨てていた。人の素足に森の地面は硬い。しかし、不思議なことに彼女は素足であることに困りはしなかった。気がついたのはその時だったが、不都合ではないと納得して走り出す。人がいる。ならば。

 会わなければ、と彼女は何かに急かされるように彼らの元へと足を速めた。







「エルヴィン、撤退するぞ!」

 ひゅん、と風を切る音がする。人の匂いを嗅ぎつけて、わらわらと集まりだした巨人にリヴァイは冷たい目を投げかけながら顔を上げた。エルヴィンはさっと指示を飛ばす。撤退。その言葉を聞いて、調査兵団は飛び立つ。

「ああー、もったいない。」
「また来ればいい。とにかく、今日はダメだ。戻るぞ。」

 名残惜しそうに木の上に作られた家を見つめるハンジに、リヴァイがぴしゃりと言った。わかってるよ、と返す割にはちらちらと振り返るので、リヴァイはとうとうハンジの頭をかるく叩いた。

 ひょいと木を飛び越え、馬に飛び乗る。彼らをしたから見て、手を伸ばしていた巨人たち。リヴァイをはじめとした調査兵団の彼らが馬で走り出すと同時に、追いかけっこが始まった。

「森を抜けて帰還する! 索敵を怠るな!」

 力強い足音が地鳴りのような音を立てる。後方についていた隊員が素早く宙を舞う。追いかけてきた巨人が地面に倒れふし、煙を上げて消えていった。
 緊張の面持ちで森を走り抜ける彼らの中で、ハンジが好奇心と興奮に身を任せたまま振り返っていた。

「え」

 一瞬であった。時間の流れが遅くなる。

 大木の影に佇む少女。こちらをみて、目を丸くした。走り去るハンジの目をまっすぐ見返していた。

 一団はあっという間に通り過ぎる。背後からは相変わらず巨人が追ってきていた。だからこそハンジは、信じられないという面持ちで、すでに見えなくなった木の陰を見つめる。

 人がいた。確かに、そこに人が。しかし彼女がいたとするならば。巨人は彼女に興味を示さなかった。

 一人も欠けることなく自分たちを追いかける巨人たち。木の陰から、小さな陰が飛び出して、こちらをみていた。見間違いではない。彼女の近くに、別の巨人がいたが、彼らは彼女を見ていない。その大きな目は、調査兵団を追っている。


 森を抜ける。外はまだ、日が高い。眩しさに目がやられ、ハンジの目には森の奥は見えなくなった。

mae  tugi
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テーマ「人外ファンタジー」
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