願いを囁くことさえも///

物音に目を覚ました。
いつか、どこからか拾った鍋のようなものが地面に落ちた音だった。

「ひ、ニャ、ま、待つにゃ…っ!ハンを食べても!美味しく!ないですにゃぁぁあああ!!」

怯えている様子のアイルーに、ただ一言さえ伝えられない。
これ以上にもどかしいことはなかった。
ぎゅっと身を縮こませているアイルーに触れることもできない。
傷つけないで触れるには小さすぎた。

仕方なく、落ちた金属を爪に引っ掛けて、元の場所に戻す。
それだけの動きでさえ、小さい彼にとっては恐ろしい何かにしか見えないのだろうと思うと、ずきずきと胸が痛んだ。
そんな様子を長く見ていたくはなくて、ちょいと尾の先でその体をつついた。
軽い力でも、強く吹けば飛びそうな体はぐらりと揺れる。
ようやく、襲われる心配が無いのだと、疑心ながらも理解してくれたらしい小さな存在は、ゆっくりと縮めていた背を伸ばした。

「…にゃ…」

ぴたりと動きを止めたそのアイルーをじっと見る。が、目が合うとやはりびくりと怯えた表情を見せたので、いつもよりもゆっくりと目を閉じた。
猫に対してはそうするのが一番だと、何かで見た記憶があったからだなどと。
大きな振動や驚きを与えないようにといま一度身を横たえる。
外は相変わらずの吹雪で、アイルーがため息をついたのが聞こえた。



今しばらくはこの隣人と共に過ごせるのは、これ以上ない喜びだった。
しかし話しかけたくとも、口から出るのはおよそ穏便には聞こええぬ唸りだけで。
(せめて名前だけでも知りたい、なあ)
そう思いながら、襲い来た睡魔に身を委ねる。




次に目を覚ましたとき、外は快晴。
あのアイルーの姿は既になかった。





mae  tugi
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