牛乳風呂の讃歌///



その日、トトはひどくうろたえた。


何か特別なアクシデントはなく、むしろ、とても順調に一日が過ぎ去ろうとしていたはずだった。
夜には眠るまでひたすらゲームをやろう、だとか。
今日はノルマを一つでも多く終わらせよう、だとか。
期限の切れた牛乳をお風呂に入れてみようかな、だとか。
そんな些細としか言えない違いしかなかった。

強いて、思い出せる失敗は、期限の切れた牛乳を飲んでしまったことと、お風呂場で足を滑らせたことくらいだった。

少し濡れた風呂場に足を取られた。あ、と声が出た次の瞬間。ばしゃーんと乳白色のお湯へとダイブした。牛乳くさい。溺れそう。立ち上がれない。手がつかない。足もつかない。

そこではたと思い至る。

少々長めに水の中に顔を突っ込んでいるというのに息苦しくないことに。
どこもぶつけなかったようで、痛みがないことに。
手足のどこも、浴槽や床につかないことに。

エトセトラ、エトセトラ。


(そ、んなに、深いお風呂じゃないんだけど、な)


ほんわかと暖かいのに、なぜか背中に薄ら寒い感覚が通る。襲い来る理由もない恐怖にばたばたと暴れると、薄い壁に手があたった。そして、その壁を感じた瞬間、先程まで感じなかった息苦しさに襲われる。突き破るようにして、トトはその壁を突き破った。殴りつける要領で、手を叩きつける。ばきゃりという音と共にトトもろとも水が流れる。思っていたよりねっとりとした水に顔をしかめながら、眩しさに目を細めた。


「きゃぅ?」


そこには見たこともないほど澄んだ青空があった。
そこには見たこともないほど美しい緑葉があった。
そこには見たこともないほど広い世界が広がっていた。



トト、一般人女性A。
何の因果かは誰も分からぬ間に、見知らぬ広大な世界へ生まれる。


「…きゅ?」


人でもない、竜のような姿で。





mae  tugi
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