フロイライン、お手を 後///

 うろうろうろうろ。

 彼女は困った困ったと細い道をいったりきたりを繰り返していた。吹雪が強くなってきたせいで、仕方がなく洞窟に入り込んだのが運の尽きだったらしい。

 彼女は…彼女は道に迷っていた。

 出口が見当たらず、かといって動くほどに細くなる道に不安を覚え、引き返そうと振り返ったはいいがそれまでの道を見失った。
 仕方がなく、それらしい道をたどり辿り進んでいった先で、一際開けた氷のドームへと出る。この広さならそれなりに住めそうだなと思いながら、そもそも外へ出る道は分かっていない。

 ひとまずはここから出る道を見極めでないことには、飢えて死んでしまう。

 どうしたものかと思いながら、体を撫でる風を頼りにそろりそろりと道を確認しながら歩き回っていた矢先のことであった。


 角を曲がった途端。ばったり。防寒具にきっちりと身を包んだその存在を見て、彼女は「あったかそうだなぁ」と悠長な感想をだく。
 それから、一拍遅れて、遭遇してしまった事実に飛び跳ねて驚いた。思わず放電してしまったのは、その思っているより狭苦しい道で飛び上がったために天井に頭をぶつけた拍子だった。


△ △ △

 目を回してふらふらとしながらすごすごと下がっていくその存在に思わず笑いを漏らしてしまったのはリカルドである。
 げらげらと笑われていることを悔しがりながら、思わず強打した後頭部のじんわりとした痛みを耐えながら彼女はのろのろと開けた場所へと戻っていき、そして足を折りたたんで座り込んだ。思いのほか強くぶつけたらしく、未だ視界が揺らいでいた。

「あ、頭、大丈夫か」

 ひぃひぃと笑う失礼な男からトトはぷいっと顔を背けた。視界はいまだにくらくらと揺れている。
 不機嫌さを隠しもしないトトにリカルドは悪い悪いと謝りながら近寄った。
 本来であればそんな…… モンスターに自ら近づくような危険な行為は、当然しないのだが今回ばかりは違う。どこか間抜けているキリンがしきりに頭を痛そうにしているのが、まるで若い村の少年たちが怪我をした時の様子に重なって見えてしまうからだ。
 概ねその判断、いや直感は間違っていないのだが彼にそれを知る術はない。

「おい、大丈夫か? ちょっと触るぞ」

 よほど頭を強くぶつけてしまったのか、ずりずりと少しずつ後退して広い場所に出たトトはとうとう膝を折った。がくり。氷の上に座り込んで目を回している彼女の、澄み渡る瞳にはうっすらと涙のあとが残っていた。
 男の手がそろりと角を撫でる。僅かに触れられている感覚。それから、頭をそっと触れられる。さわりと何度か頭を撫でてから手が離れていくのがトトには少しもの寂しく感じられた。

「少し腫れてるな。キリン様ともあろうにどんな勢いでぶつけたんだよ…」

 やれやれ、とリカルドが呆れ顔でキリンの…… トトの首元をぽんぽんと叩いた。

「ま、その程度なら大丈夫だろ。角も折れてねぇし。よかったな」

 ほんのわずかに暖かく帯電しているその白銀の毛並みを撫でながら男はにっと笑う。釣られてトトも「よかった」と安堵し、彼になにか言葉を返そうとして何も話せないことをおもいだした。

 それが少し寂しくなって、トト離れていった手に頬を寄せた。懐かしささえ覚える手の体温。分厚い手袋の向こうにある、獣とは到底ことなる柔らかな肌に包まれた温もりを持った技術を生み出す人という存在の奇跡の手……。
 それはかつては自分も持っていたもの。そして今は失ったものがそこにあることにもまた、悲しくなった。

 足を折りたたんで膝をついたままじっと動かなくなった彼女がやがてゆっくりと立ち上がる。外の吹雪はやんだだろうか。いつまでもここにいるわけにはいかないのだ。いつまでもこうしているわけにはいかないのだ。
 ゆっくりと歩き始めた男の後ろ姿。見送らなければならない。本来であれば、きっと。だが、彼女はかつんと蹄を鳴らして歩き出した。出口がひとつしかないからではない。男が去っていくから、彼女は追い始めたのだ。


 吹雪はやんでいた。
 きらきらと雪が舞っており、外に残っていた足跡はすっかりと覆われていた。がっと飛び跳ねたキリンが頭上を通り越して雪の上に立つ。ばちばちと雷を纏うその姿は、さすがに神の獣と呼ばれるだけのある種の荘厳さを持っていた。

 そしてリカルドをじっと見つめていた彼女は、つぃと頭を下げたのだ。

「は」

 まるで返事を待つかのように、男の前に立ちふさがって。


△ △ △


「おぉーい、リカルド、まーーーたあんこがきちょるぞ」
「またかよ!!!!!!!!!」

 どんどんっ、と扉が叩かれた。外から聞こえた声に、ばーんと勢いよく扉を開けてでてきたリカルドの髪はぴょんぴょんと跳ねている。ゆっくりと眠っていただろうことが一目で見て取れるが、半ば苛立った様子で飛び出していったリカルドはそれを直す様子もない。
 リカルドの後ろ姿を見送った男もははは、と朗らかに笑いながら去っていった方向へと向かっていった。

 村の広場ではきゃあきゃあとはしゃぐ子供たちの声がする。誰かの母親の「あぶないわよー」という声は、そう言いながら呑気なものだ。長い組紐がひらりひらりと広間で翻っている。色とりどりの組紐は、その一つ一つが丁寧に作られた親愛の証なのだ。

「あー、リカルドだ」
「リカルドー!!」

 ぜぇ、と息を切らしたリカルドを子供たちは見下ろした。いまや子供たちのほうがリカルドよりも高い位置にいた。リカルドはじっとりと子供たちを見る。リカルドとて、別段背が低いわけではない。むしろハンターとして鍛えられた体はそんじょそこらの成人男性よりもはるかに丈夫で、体格もまたいい。
 そのリカルドを少年たちが見下ろしているのは、つまりワケがある。

「あ、の、なぁ〜〜」

 怒り心頭。そういった様子で仁王立ちするリカルドだったが、すぐに体勢を崩すことになった。

「あらあら、ほんとうにトトちゃんったら、リカルドさんのことが好きねぇ」

 ぐりぐりとリカルドにトトが頭を摺り寄せる。背中にのっていた子供たちがきゃいきゃいと騒ぎながら落ちないように気をつけていた。ぐいとキリンの、いがいと大きな巨体に押されてリカルドがバランスを崩しそうになった。

「いいじゃねぇか、観測院だって納得してるんだろ〜?」
「食性研究も生体研究も進む進むって喜んでたじゃねーか」

 そういう問題じゃないだろ、と怒りながらちらとキリンを見る。首をかしげるような動作をするキリンに、リカルドははぁとため息をついて彼女の頭を撫でた。目を細める彼女の近くにまた別の子供がやってくる。

 ひらり。彼女に結ばれた色とりどりの組紐が風とともに遊んでいた。

mae  tugi
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