フロイライン、お手を 前///

 かっ ん。

 じんわりと音が反響する。

 かっ、 かっ かっ  かっ

 一歩ごとに、その高い足音が余韻を持って響き渡り、そして静かに静かに消えてゆく。

 かっ

 きらりきらりと光る周囲を見渡して、それから彼女はそうっとため息をついた。
 まだ、蹄が鳴らした氷の音は、透き通った幻想的なその洞窟内で細くなったまま。



△ △ △


 重大な伝聞がある、とリカルドが呼び出されたのはつい数日前のことだった。
 隠居生活真っ只中。おとなしく、おとなしーくそれまでに培った数多の経験を様々な方面に活用することにしようと思っていた矢先のことだった。

「それで、俺に雪山の奥地まで調査してこいっていうのかぁ?」
「おう、おめさんなら平気だろ。」

 渡されたのは調査依頼書。今までの狩猟やらなんやらとはまったく訳が異なる。多くが未開地への派遣。それなりの規模での遠征の場合もあれば、少数先鋭での場合もある。今回は後者のようだが、場所の都合もあって単騎で行ってこいなどというふざけた内容であった。

「雪と氷のあるとこにゃあおめさんが一番よ」
「そんな俺が雪遊び大好き野郎みたいに言わねぇでくれよ… 別に俺だって雪山ばっか行きたくて行ってたわけじゃねぇんだぞ、おいこら目をそらすな」
「わーっとるわーっとる。けんど、条件ば合うやつ言いおったらおめさんくらいしかおらんがな。氷雪地帯の地形を把握しちょる、モンスターの生態もしっちょる、最悪、大型種に遭遇しても対応できる… なぁ、ほらおめさんくらいしかおらん」
「断らせる気もねぇだろうおめー… かーーっ、しょうがねぇな…」
「あぶくなったらすんぐに戻っても構わん、失敗だの成功だのっちゅー代物でもねぇ。ちょっくら散歩がてら何度か行ってくりゃあそれでよか」
「おう」

 じゃあちょっくら見てきてやるよ。
 リカルドはひらりと手を振って、その任務を請け負った。

 今しがた、彼はゲンナリとした顔で雪山にいる。びゅうびゅうと吹き付ける雪が顔にはりついてうんざりとする。足は深い深い積雪によって動かしにくいし、あたり一面、視界は良好とは言い難い。
 「受けなきゃよかった…」などと今更ぼやいたところで現状は変わらない。

 彼の視線は雪の上に続く点をじっと見ていた。


△ △ △


 吹雪が悪化したために洞穴へと身を隠したリカルドは、追っていた足跡が同じ場所へたどり着いていることに気がついた。
 周囲を見渡してもその姿はなく、ならばさらに奥へと行ったのだろうと考えて足音を小さくしながら奥へ奥へと進んでいく。
 吐き出される息は変わらず真っ白で、防寒に防寒をしてもなお体の芯の熱を奪おうと大気はまとわりついてくる。代わりに、雪山の空気は冷え切っているからこそ澄み切っており、些細な音でさえもよくよく響かせてくれる。

 リカルドの耳に細い反響音が届いたのも、おそらくはそのためだったのだろう。


△ △ △


 かつん、と凍った床を叩く音はあまり聞き覚えがなかった。細い音だ。足跡と呼ぶにはあまりに固く、だが細い。大型のモンスターでないことだけはわかるが、人間やメラルーといった足跡とはまた異なっていた。かといって、ギアノスやドスギアノスといった種類とも異なっており、一番似たのは案外ファンゴやブルファンゴといった印象である。
 こん、とまた足音。その音が先程よりも近づいていることに気がつき、リカルドは息を潜めた。

 音の正体を探ろうとリカルドが音の方向へと歩を進める。こつんかつんかつかつかつ。せわしなく歩き回る音は存在を隠そうという意識もあまりないようで、いよいよその存在の音ははっきりとききとれる距離へと近づいてきた。

 かつん、かつん、かつん。

 まるで石畳の上をヒールの高い靴が叩いている時のようだ。これで現れたのが美女だったらなぁ。などと到底ありえないことを夢想しながらリカルドは角を大きく曲がった。
 そんな余計なことを考えていたのが悪いのか。

 うっかりと行き先を確認せずに曲がった彼の真正面には、きらきらと輝く白い体躯のその存在が立ちふさがっているのだった。

「あ」

 美女ではなかった。が、その堂々たる姿はいつ見ても美しい。ばちり。稲妻が跳ねた。


mae  tugi
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