この牙でもなお砕けぬ///
「気張れよ、ハン。」
リカルドが片手に短い剣を構えながら正面を睨みつけていた。傍らのアイルーが答えることもしないままじりじりと焼けるような恐怖に足を震わせる。小さな彼が震えていたのは、目の前から押し寄せるとてつもない殺気に対してだった。
「や、やっぱり、だんにゃ、運が悪いんだにゃ。」
「なっ、ば、…やめろよ…傷つくだろ…。」
わりと真剣なトーンで落ち込むリカルドだったが、現状においてまったく説得力がない。ハンがじろりと彼を一度睨んだが、ォオオオと周囲を震わせる甲高い叫びによって視線は再び引き戻された。
本日の遭遇。ジンオウガ。
ドォオオオン!
激しい音を立てながら雷が落ちる。ばちりばちりと雷光を走らせながらジンオウガが縦横無尽に走り回り、その腕を振り下ろした。
既のところでぐるりとその足元をすり抜けたリカルドがすれ違いざまに一撃を与えるが、やはり致命傷には程遠く。ガリリッと表皮を傷つけながら、青い体が俊敏に振り返るより先にその尾に刃を突き立てる。
「ォオオオオンッ!」
ずぶりと差し込まれた刃にジンオウガが慟哭する。一撃を与えるとすぐさま飛びず去ったため、逞しい腕に押しつぶされる自体にはならなかった。
地面がうすらと光、直後、ビシャァアア!と雷が落ちる。静電気により毛が逆立つ感覚。じとりとリカルドの額にも汗がにじんだ。
一瞬、ジンオウガが首を引いたと同時、微塵もタイミングをずらすこともなくリカルドが左へと飛ぶ。直後、間髪を入れずガッと噛み付いてきたのをスレスレのところで男が避けたのだ。鋭い牙が空気を噛み砕く。
地面を転がるようにしながら、ちらりとジンオウガを見る。振り向きざまのその顔へ、さらに剣を振り下ろした。
ガキィイイ!
音を立てて、顔面の鱗もろとも角に罅を入れる。不意打ちで食らわされたあまりの衝撃に、ジンオウガが「ヒャウンッ」と鳴き声をあげて飛びず去った。バチンッ!爆ぜる音とともに、雷狼が纏う雷が姿を消す!
いまだ。
ハンがだっと駆け出し、その背中に飛び乗った。すたたっと身軽さを生かして、硬質化している背の突起を駆け上がり、立派に生えている角をはしりと掴む。視界を塞ぐように張り付いたハンにジンオウガが大きく暴れる。
ぶんっ! 顔を振り、尾を振りながらジンオウガが飛び跳ね回った。飛び上がり、背を地面にぶつけた拍子にハンがごろりと転がる。カッと見開いた目で体制を立て直そうとしたところで、ジンオウガは重苦しい悲鳴を上げることとなる。
ずしりと重たい体が、はるか上空より飛来したのだ。
加速しながらの急転直下。鋭い爪がその無防備に晒されている腹を抉る。
「オオォォォオオオッ!」
押しつぶすような重量により、ジンオウガが血を撒き散らす。だがすぐに顔を起き上がらせ、その顔面を引っ掻こうと腕を振るう。
ごぉっと真横を通り過ぎる一撃を聴きながら、強襲者がその喉元に狙いを定めてぐありと口を開けた。
「ガォオオオンッ」
「ギャォオオーーッ!」
抵抗するようにジンオウガがその腕を振るおうとしたが、一瞬早く、轟竜が噛み付いた。ギャオオオオン。悲鳴を上げながらじたばたと暴れたジンオウガの爪がトトの顔を引っ掻いた。だが、それでも彼女は、食らいついたまま離さない。
ガッ ガッ! 二度、三度と首元に深く噛み付き、ぐっと押し込む。ぼたぼたと滴る血がその牙の隙間から増えてゆく。ギギギ、と鈍い音が聞こえ始め、やがてゴギッ、と硬い音とともに静まった。
「グォァアアアアアアーーーーーーーーッ!!!!」
一際大きく体を跳ねさせたジンオウガ。その尾がティガレックスの体を殴り飛ばそうとしたが、強情にもその牙を離すことはなかった。
何度か暴れながら、ジンオウガが次第に動きを小さくしてゆく。やがて、しゅんと耳が、毛が、尾がしなだれる。どさぁ。音を立てて、その体が脱力した。
「グルゥ」
それからゆっくりとトトが口を離す。
「た、助かったぜ、トト……」
リカルドがそろそろと近寄り、ジンオウガの体をペタペタと触れた。動く様子もなく、どうやら、本当にこの轟竜は仕留めてしまったらしいことをしり、渋い顔をした。
「悪かったな、お前の手を煩わせちまって。」
「がぉん。」
気にするな、とばかりにトトが吠えた。その顔にできた真新しい傷がらぽたりと血が落ちる。
ポーチにある薬をハンが慌てて取り出した。ととと。近寄って、すぐに彼女へとその薬を振りまいた。薬の入った瓶に対して、あまりに大きな口の中へその薬品を放り込むことも忘れない。そう時間を経たずに回復するだろう。
トトがもう一度小さく喉を鳴らした。少しばかり、ジンオウガの体から素材となりそうなパーツを拝借してリカルドがよしと頷いた。
「帰るか。」
「だんにゃ、本当に悪運が強いやつにゃあ。」
二人に続くようにトトがのしりのしりと歩き始める。
ちなみに今日のクエストは、ハチミツ採取だった。
mae ◎ tugi