世界の色を見渡した///

「ハン、見ろよ。あっちに、ほら。観測気球のほうが低いぜ。」
「本当だにゃ、本当だにゃ!」

 こっちを見ているかどうかもわからない。遠くに観測気球がゆっくりと流れていく。狭い狭い小高い山頂でトトがのどを鳴らす。彼らの頬を冷たい、しかし爽やかな雪山の風が撫でていく。

「ありがとな。お前、わざわざここに連れてきてくれたんだろう。」
「ぐるる。」

 返事が分かることはない。なんといっているのか、リカルドにもハンにもわからなかった。ただ、きっと彼女が「どういたしまして」といっているだろうことだけははっきりとわかっていた。
 彼女がふたりを背中に乗せて走り出したのは、つまりそういうことだったのだ。自分はもう元気だと言いたかったし、なにより、彼女がすぐにできるお礼なんて、これくらいが精一杯だったのだ。
 これで全ての礼が返せるとは、当然彼女も思っていない。しかし、頭の上ではしゃぐふたりの声を聞きながら、よかったとトトは息をついた。

 リカルドとハンは遠くを見る。

 フラヒヤの山脈がどこまでも連なりながら、地平線に小さくなっていく。雲が地面を流れていくようだった。
 ハンは木々を見下ろしていた。暖かな丘陵が、なだらかな曲線を描く一帯も、ここからは遥か小さく、狭く見えた。

「あそこにいたんだにゃ。」
「ん?」

 丘陵から目を離さないまま、ハンがぽつと言う。リカルドがその方角を見た。トトは静かに、山頂からの景色を目に焼き付けていた。

「あそこにいたんだにゃ。あそこで生まれて、ずっと、臆病で。」

 なんにもならないまま死んでいくと信じていた。
 ハンが独り言をこぼした。リカルドがじっと、小さな猫の横顔をみてから、ぽんと頭を撫でた。

「ここからの景色は、どうなんだ。」

 トトも問いかけるように小さく吼える。ハンは目を逸らさないまま、口を開く。

 にっとハンが笑った。その目の先、丘陵に影が見えた気がした。見えるはずもないのに、彼には、その影が手を振っているように思えてならなかった。

「最高だにゃ。」

 満足そうに、彼らは笑う。トトがさらに飛んだ。誰もいない雪山に彼らの楽しそうな声だけが響き渡っていた。

mae  tugi
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