その双眸を見開いて///

 あれからすでに幾日が経過した。その間にも、リカルドとハンは何度かトトの元を訪れていた。順調にトトが回復していくのを二人は喜んだし、彼女は二人が来てくれることが何よりも嬉しかった。

「すっかり治ったみてーだな。」
「よかったにゃあ!」

 ぴょんと飛び跳ねたハンはトトの頭に飛び乗り、彼女の眉間のあたりに頬ずりをして安堵した。リカルドが薬の入っていた瓶をしまいながら二人に声をかける。

「しかし、まだ無理はすんなよ。お前をそんなにしたやつのことだって気がかりなんだから。」
「ぐるる…(お手数おかけします…)」

 ぺたんと頭を垂れるトトにリカルドが笑いながら頭を撫でる。その上に載るハンが器用に頭のてっぺんにのり、耳にかるくしがみつく。トトがすこしばかりくすぐったそうにしたが、何か思いついたようで彼女はのっそりと立ち上がった。

「にゃにゃ!?」

 急に高くなった視界に、ハンは慌てる。そんな彼が落ないことを確認して、トトはこちらに背を向けて荷物をまとめていたリカルドにそろりと顔を近づけた。

「ん?どう、うぉおおお!?」

 気がついたリカルドが振り返るより先に、がばっと口を開いたトトがリカルドの装備の襟元を器用にくわえた。ぐいっと引っ張りあげ、リカルドをかるく空中で振り回し、トトは彼を首筋に放り投げる。
 ずっしりと背中にリカルドの体重が乗ったかと思うと、確認もほどほどにトトは両腕に力を込めた。

「おい!?急になにしやが、うぉっお、おぉおお!?」

 リカルドが突然の行動に抗議の声を上げようとしたその時。

 トトはとんと走り出す。

「にゃああああ!?」
「うぉおおおお!?」

 ティガレックスが立ち上がってもなお余裕のある巨大な洞穴を彼女はあっという間に通り過ぎ、冷たい風が吹きすさぶ雪山へと躍り出る。
 背中で揺さぶられる彼らはがっしりとトトの体にしがみつきながら、途端に寒くなった外に顔を上げた。

 びゅうびゅうと耳元を冷気が流れていく。雪が降っていないのは幸いであった。

「は、はは、こりゃあ、お前!」
「にゃ、にゃ、にゃ!」

 雪が降っていないのは幸いであった。そうでなければ、こんな景色を見ることはなかったのだから。

 轟竜の強靭な両足が地面を蹴る。かるくえぐれた地面に目もくれず、トトは大きく飛んだ。ばっと開かれた両腕が風をとらえ、彼女は背中に二人を乗せたまま悠々と空を滑った。
 滑空する中、彼らが見下ろす世界には遮るものは一つもない。澄んだ空気は遠くの景色までくっきりと見える。白い雪山がきらきらと陽の光を照り返し、眩しさにリカルドは目を細めた。

 短いフライトではある。彼女たちティガレックスは飛ぶことを捨てているのだから、リオレウスたち飛竜種の多くと比べて、長いこと空を飛ぶことはできない。
 しかし、リカルドたちにとってはこの短いフライトも滅多にあることではない。

 山の向こうにまで、空がどこまでも続いている。より高い山々が遠くにみえ、その向こう、氷海の水平線に空が消えていく。
 色の残る大地が点々とのこり、あちらこちらに動く影があった。時に、同じように空を飛んでいる鳥たちが空を抜けていく。遠くに見える木々が生き生きと揺れていた。

 リカルドとハンは息を飲む。降下するまでの短い時間が、何時間にさえ思えるほど、彼らは世界を凝視していた。ひゅうと風が頬を撫でる。重力に逆らって巻き上げられる髪。浮遊感を楽しみながら、リカルドとハンは大きな口を開けて笑った。

「こりゃあ最高だ!」

 リカルドが叫ぶ。ずざざざざ。トトの両腕が雪を巻き上げながら地面に着地する。巻き上げられた雪が周囲に落ちるより早く、彼女はまた走り出した。

 勢いのある巨体が雪山を走り抜けていく。高い場所から周囲の流れていく景色をみて、リカルドとハンが指をさす。ひょっこりと顔をのぞかせていたギアノスが驚いたように道を譲った。ドスギアノスが彼女たちを非難するようにぎゃあと声を上げる。リカルドとハンは振り返りながら彼らに手を振ってみせた。

「すごいにゃ、すごいにゃー!」
「ははは! 本当だ! すげーよ、お前は!」

 雪山の動物たちが道を開ける。リカルドとハンはそんな彼らに時々手を振ったりしながら、雪山の景色を堪能する。

 きっと一生味わえない世界を見て、リカルドが少年のように目を輝かせる。彼女もそれに答えるように、山頂へと登っていく。ぐんぐんと上がる上がる。

 絶壁のような山頂付近。彼女がぐっと両足に力を込めて飛び出した。器用に壁を昇り、旗が揺らめく狭い狭いてっぺんへ彼らが昇る。ぐっと首をもたげれば、その上に乗っている彼らの視線は、誰も知らない高さになった。


mae  tugi
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