春はそこにあったのだ///

 息を飲んだ。

 開けた空間。横たわる巨体。そしてこちらに、見たこともない笑みを向けるリカルドの姿。

「よぉ猫助。」
「だ、んにゃ……。」

 リカルドの彼女の様子は、まるで、歓迎しているかのようであった。
 硬直するハンを見て、リカルド彼女の姿におびえているのかと思っていた。早計だったかとリカルドが片眉を動かしたが、リカルドはきちんと気がついた。
 違う。ハンの視線はがっちりと一点に縫い付けられているではないか。その目は逸らされてなどいないではないか、と。
 ぽり、とリカルドが頬をかきながら、少々言いにくそうに口を開く。

「あー……猫助、お前には言わなきゃいけないことがある。」
「ま、待つにゃ……だんにゃ、待って欲しいにゃ……。」
「あぁ?」

 ハンはリカルドの言葉を聞くことなく、よろよろと彼らに近寄っていく。目線は変わらない。
 こちらを見ている、大きな目。そこに映り込む自分の姿が見れるほど、ハンは近づいた。まるで夢を見ているかのようにその足取りはふわふわとしていたが、しかしハンはまっすぐ彼女の前に立つ。
 リカルドはそれを見るだけであった。彼女も、ぱちりと大きく瞬きをしながら、ハンを見ていた。
 視線を受けたままのハンは震える喉を開く。

「さ、探していたにゃ……あ、あの日、あの日助けてくれた……。」

 ぼそぼそとつぶやかれる言葉は随分と支離滅裂であったが、彼女は静かに聞いていた。ゆらりと、彼女の太いしっぽが揺れる。言葉がうまく出ない自分を優しく見守る目が、ゆるく細められた。
 それを見て、ハンは確信した。

「会いたかったにゃ……。」

 ぽろぽろと泣き出してしまった臆病猫。それに驚いたのは、リカルドたちであった。ぼろぼろと大粒の雫を落としながらもハンは続ける。

「お礼を、いいたかった、にゃ……! あの、あの日っ、ぼ、僕のこと……をっ、たす……助けてくれて、ありがとう、にゃ!」

 リカルドは首をかしげていたが、彼女はわかっている。細んだ目のまま、鼻先をそっと近づけた。ハンはその行動に、もう怯えることはない。

「助けてくれたおかげで、ぼくはっ、ぼくは……」

 ここにいるんだ。世界をしれたんだ。変われたのだ。

 嗚咽混じりで、だいぶ聞きにくい。だが、彼女たちはしっかりと、ハンの言葉を聞いていた。ひしと鼻先にしがみつく小さな生き物に、彼女は何もしない。

 ただ、いつものように目を細めて。そして、いつもより嬉しそうに、のどを鳴らした。

mae  tugi
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