目もくらむ輝きを見たか///

 ハンは細く入り組んだ道で迷っていた。
 それは最初に、複雑な洞窟を訪れた時もそうだったが、何度ついていこうとしてもおなじであった。どうにかリカルドの後をついていこうと努力すれども、いつの間にか後ろ姿を見失う。そしてさまよっているうちに、横道から現れたリカルドに連れられて帰るのだ。

 ハンは納得がいかなかった。ついていけない自分にも、まるで自分についてこさせないようにしているリカルドにも。そして、リカルドが隠している行き先についても。

 何度目かの挑戦である。リカルドは足早に洞穴へと身を踊らせ、その後ろ姿はもう見えない。ついていくことを諦めて、ハンは、自らの力でたどり着こうと決めていた。

「今日こそは……だんにゃの目的を暴いてみせるにゃぁ!」

 意気揚々、ハンは足を踏み込んだ。

 耳をそばだてる。風の音は通り道を教えてくれる。その微かな音の違いを聞き逃すまいと、ピンと両耳を立てた。
 髭を撫でていく空気の流れはさらに重要だ。人より鋭敏な感覚を持つそれは、微かな違いをも伝えてくれる。
 微かに残る残り香のことも忘れてはならない。リカルドの匂いなら覚えている。雪の匂いと、氷、それから洞窟の匂いだって。きっと、探しひとがどこにいるか、わかるはずだ。

 今度こそたどり着いてやろう、とハンは意気込む。五感を全て張り詰めて、微かな違いを見分けていく。その目はらんらんと輝いていた。

 ハンがこうまでしているのは、なにもリカルドの行き先を知りたいからではない。それは理由の一つである。ハンが必ずたどり着くと決めていたのは、自分のためであった。
 リカルドは未だにハンをオトモにしてはくれない。ハンとて、自分がその器だとは思っていない。それは全て、過去の自分を思い出すがゆえにである。少なくとも、ハンはそう考えていた。
 だからこそ、そうではないと証明したいのだ。もう過去の自分とは違うのだと、証明したかった。そのために、リカルドという男についていくことは彼なりの目標であったのだ。

 ハンはウロウロと細い道を進みながら、思い出していた。首から揺れるネックレスを無意識に撫でながら、ここに至るまでの日々を。


 群れから放り出されたハンは、その後、丘陵から立ち去った。
 ハンの世界はあの決別の日を境にぐるりと変わる。今まで見ていた世界が随分と矮小に思え、途端に世界が開ける感覚を味わった。青空がどこまで続いているのかなど、それまでの彼は考えたことがなかった。山の向こうになにがあるのかなど、自分が今どこにいるのかなど、到底。
 この大きな変革を味わったハンは、それまでのようにじっとしてなどいれなかった。一度は立ち止まったが、生き生きとした色を見せつける世界はハンの勇気を奮い立たせる。そして走り出させた。それは漠然とした思いであったが、あまりに大きく美しい世界に、理由など些細な問題であった。

 その時。最後に決別を決めたのはほかならないハン自身であり、背を押したのはギルバートと、あのティガレックスであった。
 いつかギルバートには自分が見てきた話をしてあげよう。そう思いながら、ハンはもうひとりの恩人を思い出していた。そして吹雪の雪山へ視線を向けるのだ。

 万年雪が静けさを呼ぶ、死の世界。熟練のハンターでさえ足を踏み入れるのをためらうような、深雪の上。奇しくも臆病なハンの人生が変わるきっかけは、そんな場所であった。
 ハンは思うのだ。あの日、ティガレックスに拾われなければ、自分は死んでいただろうと。そうであれば、丘陵に戻ることもなかったし、胸にこみ上げる感情を知ることもなかった。
 そして、その後。あのティガレックスが丘陵に訪れなければ。きっと自分は、未だに行き場もなく彷徨っていただろう。ハンはそう思っている。

 ハンにとって、雪山の親切なティガレックス……トトは、恩人なのだ。

 だからハンは、ティガレックスを探している。どこにいるかもわからなければ、何が恩返しになるかもわからない。それでも、なにかしようと、ハンはあちこちを巡り巡った。
 あるときは海に近い村へ訪ねて、名も知らぬ魚や海獣に会った。あるときは樹海深くへ訪れて、同胞の村を見つけた。またあるときは栄えた町へと訪れて、人々の営みを学んだ。

 それでもまだ、ティガレックスには会えなかったのだ。

 当然、ハンターのことを知ったハンは焦った。ティガレックスといえば、曲がりなりにも凶暴なモンスターである。そう簡単にやられることはないといっても、万が一ということもある。会えない日々が続くにつれて、その思いは大きくなっていった。

 そんな折に、ハンはある噂を聞いたのだ。
 曰く、街の近くに現れた巨大なティガレックスのことである。人里近くに現れたモンスターに、一時は警戒態勢が取られた。しかし、そのティガレックスは街をちらと見てすぐに立ち去ったという。
 それからしばらくはティガレックスの噂でもちきりだった。
 そういえば、珍しいところでティガレックスを見かけた、という報告が相次いだのだ。内容を精査したところ、そのティガレックスの大きさはおよそ金冠。めったにない巨体が特徴で、しかし、大人しいというのが判明した内容であった。
 そして、いくつかの観測記録から、その轟竜が雪山に生息していたティガレックスであることも判明したし、大陸のあちこちを移動した後に帰っていったこともわかったのだ。
 誰もがそのティガレックスの噂を一度は耳にした。旅するティガレックス。なんとも珍しいこともあるものだ、と人々は噂した。

 そしてハンだけは、そのティガレックスにぴんときたのだ。その轟竜こそ、自分が探している優しいティガレックスに違いない、と。

 ハンはその噂を耳にしたとき、実に目を輝かせた。「よかった、無事だった!」と安堵もしたし、納得もした。やはりあのティガレックスは不思議な存在だったと理解したし、より一層、もう一度会いたいと思っていた。

 それからハンはティガレックスの行方を捜しに雪山へ訪れた。しかし、雪山と一口に言っても、フラヒヤ地方の雪山は大変広大である。
 ひとりで行くにはあまりに過酷な世界。ハンもさすがに困ったが、そこでオトモという存在を知ったのだ。
 そして紆余曲折の末、ハンはリカルドのもとへたどり着いたのである。

 ハンターとともになら雪山も怖くはない。
 どうかそうでありたいと、彼は願っている。そして、どうにか夢が近づいてきていのを実感していた。なぜなら、リカルドが自分をおいていくのは、わざとであると確信していたからである。
 後一歩。後一歩で、リカルドはオトモにしてくれるはずだ。ハンはそう信じている。



 ハンはすん、と鼻を動かした。
 薬草の匂いが残されている。回復薬の匂いで、その調合はリカルドの家で長いこと嗅いでいた。間違いようもない。
 今度こそ。ハンは凛々しい顔立ちで道の先を見た。深い洞穴の向こうに何があるのか、ハンにはまだわからない。ただ、あまり馴染みのない匂いが微かに鼻を掠めた。

 ハンは一歩一歩、暗がりの先へと足を進めながら願う。丘陵の鮮やかなコントラストを、あの日の出会いを思い出しながら。

「絶対に、会うんだにゃ……。」

 そして、あなたのおかげでここにいれるのだ、と伝えられますように。ハンは願わずにいられない。

 出口はもう、すぐ目の前だ。
 前を見据え歩を進める小さな姿。その後ろ姿は、いつかのように縮こまってもいなければ、震えてもいなかった。



mae  tugi
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