閑話:誰かの故郷日記///

 まさに肌を刺す太陽の光というべき砂漠と、一滴の水も命も残さないといわんばかりの火山を通ってきてすぐの頃。故郷の寒さはこの私も思わず震えるほどでした。

 事実、ここは寒いのです。

 あの灼熱地獄と比べてなにが異なるというのでしょうか。あちらは暖かさが過ぎるもので、こちらは寒さが過ぎるもの。ただそれだけの違いで、傍から見れば、生命が豊かに息づくのに厳しい点ではどちらも対して変わらないのです。

 それでも得手不得手といいましょうか。私にとってはこの雪山のほうがあっているのかもしれません。かもしれないというより、確実にそうな気がしてきました。火山で見かけた色の黒い同胞には尊敬の念を送っておきます。

 しかし、まぁ、少し留守にしていようと、ほんの少し歩き回ろうとも、こと雪山においてはどこを見ても対して変わりはありませんね。どこを見ても白い白い白い。自分の姿がいかに不釣り合いで、景色の邪魔になっていることか……などと誰も見ていないのに思うわけです。まぁ、雪山は吹雪が激しいので、私の目立つ体もあっという間に雪に覆われてしまうのですけどね。

 ずんずんと人もモンスターも立ち寄らない新雪に足跡をつけながら、そこそこ遠いところまでやってきました。
 少し離れたところには青々とした部分も見えます。よくよく見れば、それはつるりとした透き通った場所で、なるほど、凍っているのですね。うっかり寒中水泳などというのはあまり考えたくはないですから、そちらに近寄るのはやめておきましょう。

 ……ああ、こんな世界にも、緑はあるものですね。極寒の地にまで息づくとは、植物の逞しさには目を見張るものがあります。私がもう少し雑食性であったなら、どこにでも住めたのかもしれません。あ、いえ、でも。植物があるなら、それを餌にする草食動物がいるはずです。それなら、ええ、やっぱり私でもこのあたりに住めるはず……。住みませんけどね。いくらなんでもここまでの田舎……田舎というよりはもはや辺境の地、ですか……では心寂しくて死んでしまいそうです。

……しかし、変ですね。

 多少遠くへ足を運んでみたといっても、海を越えたわけでもありませんから、すっかり慣れ親しんだ白い二足歩行のトカゲやイノシシにネコと多彩な生き物があちこちを走り回っていてもおかしくないはずです。例えあちらより寒かろうと、吹雪いていようと、この程度でここまで静かになるものでしょうか。植物も……あちらより、いわゆるコケっぽいやつが多いにしても……雪山で見かけた花も咲いていますし……早々に生態系に変動があるとも思えません。

 ああ、風の噂では古龍がどうのこうのというお話は聞きました。古龍と呼ばれる存在にはお会いしたことはないと記憶していますが、どうやら結構、被害があるそうですね。今回も街のほうに現れて大変だったとかなんとか。そういった存在が現れると周囲は荒れるだとか。やはり弱肉強食なんでしょうね。そうなると、今みたいに弱い存在は鳴りを潜めてしまうそうです。……と、色々な噂は聞きましたが、それはこの一帯よりも少々離れた場所の、済んだ話だそうですし、関係ないでしょう。

では、この有様は一体?

……と、そこまで長考して立ち止まっていた時のことでした。
足元がぐらりと揺れたのです。

 こんなところで地震に襲われては、何が起きるかわかったものじゃありません。良くても雪崩が起きかねませんし、最悪、地面がぱっくりなんてことも……ああ、怖い怖い。そういえば、大分昔のことになってしまいましたが、私が住んでいた場所も地震大国などと呼ばれていましたっけ。あそこはさすがにそう称されるに値する対策がとられていたので……。


さて。今思い返しても、それからのことは「怖かった」のただ一言です。

確かに地面は揺れていたのです。ただ、それが地震というにはあまりに局所的で、あまりに、私が不幸だったと言わざるを得なかったのですが。

ともかく、それから這う這うの体で逃げ帰りましたとも。
慢心していたわけではないのですが、よもや雪山では既に敵なしだった私に死の危険が訪れるなどとは思っていませんでした。気を引き締めなおすいい機会ではあったのかもしれませんが……自然の摂理だとしても簡単に死にたくはないと改めて思いましたよ。本当に。

あ、あと。しばらくは動けなさそうです。思ったよりもその時の怪我が酷くて、元気が出ません。かといって治療することもできないのがこの体の不便なところですね。しかしそうなると、清潔を心がけてご飯を食べて寝るしかないのです。なんとも暇です。

だからこそ、こうしてのんびりと考え事をしているんですけどね。って、あら? 困りましたね。だれか来たみたいです。ああ、第六感が告げています。これは厄介事の気配だと……。

mae  tugi
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