落ちる涙も凍える世界で///

 ひょいひょいといくつかの複雑な道を乗り越えて、リカルドは目当ての場所へとたどり着いた。
 あまりに複雑なその道を、ほかの生き物が通り抜けてくることはあまりない。いや、そもそも、洞窟の奥で眠れる獅子ならぬ眠れる轟竜を起こしてしまうなどという所業をするものは、この雪山には多くはないのだから当然であろう。

「よぉ、元気か。」

 そんな数少ない存在であるリカルドは臆することもなく近寄っていく。目を閉じて休んでいたらしいティガレックスは器用に片目を開いて、小さく唸り声を上げた。
 ただ、その唸り声が威嚇の声ではないのをわかっているリカルドは「元気そうだな。」と笑いながらその巨体をべしりと叩く。
 それから、リカルドは手馴れた様子でポーチを開く。
 ティガレックスは興味深げに少しからだを起こし、手元をのぞく。
 しげしげと観察するその様子に、やはり変わってるとリカルドは思うのだった。




 ティガレックス、いや、トトはと言えば……ポーチの中見をのぞきながら、その持ち主へも視線を投げかけていた。

 事の始まりは少し前のこと。
 洞窟の奥で弱っていたトトをリカルドが発見したことからである。
 リカルドの治療の甲斐もあってか、トトは普段よりも早く快癒した。体のあちこちにまだ傷は残っているものの、そのほとんどが大方閉じているか、跡が残っているか程度のものである。

 奇特な人間もいるものだと、その時ばかりは思っていた。同時に感謝せねば、いずれ一度は恩を返そう、とも。しかし、不安でもあった。もう会うこともないだろうとどこかでは思っていたのだ。

 そもそも、彼女とリカルドは立場も何もかもが正反対と言っていい。助けてもらうこと自体、他からすると異例というよりない。
 だからこそ、もう会うこともないだろうと、どこか憂鬱な気持ちでいたのだ。

 なんせ、余計に深入りしては、二度と人と触れ合えない我が身に寂しさを募らせるばかりなのだから。


 しかし、驚くことに男は再び訪れた。
 ひょっこりと岩陰から姿を見せたとき、トトは心底驚いていた。


「だいぶ治ってが……顔と首のほうはまだひでぇな。」

 リカルドはぺたぺたと触診し、先ほど取り出した薬を塗りこむ。ひりりと傷口に染みる痛みに思わず低い唸りが漏れたのは仕方がないことだろう。
 首には深々と噛まれた痕が刻まれている。正直、その傷によって死にかけていたのだ。

「しっかし、お前も運のいいやつだなぁ。普通なら死んでるぞ? ……よし、これですぐにでも治るだろ。んじゃ次。ほれ、こっち向け。」
「ぐる……」

 丁寧に傷口に布を巻かれ、首元の治療が終わる。
 背けていた顔を軽くリカルドへと向けると、がしりと掴まれ、強引に引き寄せられた。至近距離でまじまじと見つめられて、トトもいささか気恥ずかしい。近いために、一体なににやられたんだか、というつぶやきが聞こえてしまい、目を泳がせることとなる。

「轟竜ティガレックス様がここまでコテンパンってのは結構気になるもんだろ。……ま、お前に聞いてもわからねぇか。」
「……がる……」

 そりゃあ、答えられないからね。と心の中でトトがぼやく。そうこうしてるうちに手際よく、リカルドが顔にも薬をぬる。深く鋭利なもので抉られたらしい傷は生々しく、格段の痛みを主張した。
 そして痛みのあまり、べそりと涙目になったのを見て、リカルドは盛大に吹き出したが。

「お前さん、本当に変な奴だよ。そこまで元気なのに俺を襲うでもない。移動するでもない。逃げるでもない。……野生のモンスターだよな? まぁ、そんなモンスターに構ってクエストを放棄した俺も人のことはいえねぇか。」

 けらけらと声を上げて笑うその人に、つい片眉をはね上げてしまったのは仕方がないことだろう。目の前の男は豪快に盛大なカミングアウトをした。なんともひどい人だ。なにがひどいって、本人に自覚がないのがひどい。

 この人は任務を放り投げてまで、自分を助けたのか。

 知りたくなかったが、知ってしまったことは仕方がない。トトは呆れのあまりに半目になりながらリカルドを睨みつける。その意図を知るはずもない男は元気そうでなによりと屈強な体をぺしぺしと叩くのであった。
 傷は癒えたが、未だ疲労は抜けきらない。一度負った怪我は体力さえ奪うのだ。近頃は回復へ向けていた体力を戻そうと体が休息を求めてやまない。

 ……ああ、いずれ、恩を返そう。

 体の力を抜き、トトは目を閉じる。彼女は漠然と、それだけを考えながら意識を手放した。その時に聞こえた、優しい声に、遠い日の誰かを思い出して。


 その日、トトは夢を見た。ぐずる幼子に母が子守唄を歌ってくれて、父が頭を撫でてくれるのである。柔らかな手にと暖かな歌声。あまりにも遠くに消えてしまったいつかの夢を。

mae  tugi
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