白銀、眠る敗者///

村人はこぞって、その男の話をする。
最近は家に閉じこもりがちで、姿を現すことがめっきり減ってしまったその男の話をする。時折、村人のひとりが窓の隙間からそっと覗き込むが、どうにも明かりを消しているらしい部屋の奥までは見ることが叶わなかった。

「まったく、ひどい有様だ」
「このままじゃあどうしようもないねぇ…」
「ああ、まったく、困ったもんだ…」

ここはアクラ地方方面、フラヒヤ山脈の一角にあるレタラ村。春にも雪が残る、極寒の村の一つだ。かの有名なポッケ村もそう遠くはなく、ポッケ同様に村を守るためにはハンターの存在が欠かせないのだった。しかし、ポッケ村よりも少しばかり緯度が高いレタラ村に好んで訪れるハンターはそう多くはない。
前任のハンターが巨大なクレバスに気がつかずに命を落としてからというもの、しばらくの間ハンターがいなかった。ハンターが不在の間、レタラの村民は身を寄せ合い、時折近づく恐ろしいモンスターの咆哮に怯えるばかりだった。
そんな中、ひょっこりと姿を見せたのが、村人たちがせっせと口さがなく噂し合っている男だった。
誰も素性を知らないその男がモンスターハンターであることだけはその見た目から容易に想像できた。彼がいくらかの働きを見せてくれた時には、それはそれは安心できたものだった。

だが、彼はここしばらく与えられた家の中に閉じこもったきり。
時折明かりがつくことから、生きていることは確認できる。だが、姿を見せることはなかった。しかし、理由ならばとうに知れ渡っている。

「まさかあんなクエストに失敗されちゃあなぁ…」
「しぃ、それでもあの人しかいないんだから、滅多なことは言うもんじゃないよ…」

ひそり。再び顔を近づけささやきあいながら、男が住まう家を見やる。灯りも変わらずだが、その扉が開く様子は…やはりない。
ささやきあう他の村人がちらりほらりと増えてゆく。

「どうしたんだい」「ああ、いやね」「まぁた今日も」「なるほどねぇ」「それで」「私は知らないんだよ」「まったく」「なんだって出てこないんだい」「こちとらただ飯を食わせるにゃ」「また寒くなったもんだよ」「昨日はあっちで」「せめて周囲の」「作物もうまく育たなくて」「あの男」「そういや少し前に」「食料が足りるかねぇ」「ああ、聞いた聞いた」「納品くらいしっかり」「何の話だい」「そうよあっちのクレバスから」「全く全く」「古龍が」「今度はあっちの村が」

しかめっ面の村人も、呆れた目をした村人も。
微笑む村人も、眠たげな村人も。
それはそれはしきりにひそりひそりと言葉を交わす。
端から順に、すうっと白く足元や周囲に積もった雪に溶けるようにして次々と流れていく会話。その音に混じって、足音もかき消されていた。

「でっかいのがいたって噂が」「やだねぇ」「なにかあったにゃぁ?」「ああ、聞いとくれよ」「でっかいのっつったら、まさか」「ティガレックスがいたって話も」「ハンターってのもまさか嘘なんじゃあ」「らしいねぇ…こっちにゃ来ないで欲しいもんだよ」

幾つかの話が交差する様子を、彼は下から見上げていた。どこか醜悪さを感じるその様子を、一歩引いたところでじっと。やがて嫌な笑いを浮かべながら口さがなく喋り続ける彼らが指さした家へと、たかたかと走る。雪に混じるような白い毛並みでは、いまいち村人には気がつかれにくかったようだった。

あはは、と未だ談笑しつづけるその声を背後に、灯りもない寒々しい家の中へとするりと忍び込む。ぽすりと降り立ったのはベッドの上。ひやりと冷たいシーツから、これまたじわりと寒さの伝わるカーペットへと降りる。
こざっぱりしている室内をくるりと見渡してから、ぼんやりと気配の感じる部屋へと足を向けた。

奥の部屋に窓はない。中に男がいることは、うっすらと溢れる光から容易に想像できた。てこてこと近づき、扉を少しだけずらす。中からほんのりと暖かい空気が流れてくる。外のような喧騒はなく、室内の奥の方には背を向けて男が座っていた。
机に向かって、なにか作業をしている様子しかわからなく、ぼんやりと見つめていると、「猫助が何の用だ」と些か機嫌の悪そうな言葉が投げかけられ、ぎくりと肩を強ばらせる。

「どっから来たんだ。ここらの猫助じゃあなさそうだな」
「あ、あっちの丘だにゃ…」
「そうかい、遥々ご苦労さん。用が済んだらさっさと出ていきやがれ。俺は忙しいんだ。」

振り返ることもなく、つんけんとそう言われては気分が悪い。ぶすりと苛立った顔で、猫助とあんまりな名前で呼ばれた彼は持っていた木の実を軽く投げつけた。机の上にがたんとぶつかるかと思われたそれは、はし、と小さく音を立てて男の手に収まる。そこでようやく、呆れ顔の男が振り返った。

「…忙しいと言ってるんだが」
「…用は済んでない、にゃ…」
「なら何の用だ。とっとと答えんか。」
「…あんたがハンターかにゃ」
「そう呼ばれてるなぁ」

外でああだこうだと言われ放題の引きこもり。採取クエストごときに失敗して逃げ帰ってきたただの年寄り。かつての栄光さえもなかった無名のハンター。
ギアノス程度でも狩れやしない。きっとドスファンゴにでもあった暁にゃ、尻尾を巻いて山を下る。これじゃあ村にいてもただの穀潰し。そんなハンターがここにいる。

「なにか言いたげだな、猫助。」
「…猫助じゃなくて、ハンだにゃ。」
「それがどうした」

まったくもって、噂は当てにならない。
そう彼は…ハンは舌打ちをしたい気持ちでいっぱいいっぱいだった。
じとりとこちらを見るその双眸も、その顔に残る古傷さえも、無名には程遠い。

「あんたに雇ってもらいにきたにゃ、リカルド・ハンター。」
「もの好きもいたもんだな、さっさと帰りやがれ」

よくぞ誰も気がつかないものだと、ハンはまた背を向けたハンターを睨みつけながらため息をついた。
雪を思わせる白髪に、竜のような銀がかった灰色の目。隠すこともない顔に残る傷跡。それが、このレタラ村に住む敗者の容姿。リカルドという名前こそ、その名前だった。かつて古龍とまで渡り合った伝説の、その末路がそこにいた。

結局、その日のうちにハンがリカルドのオトモとして認められることはなかった。

mae  tugi
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