歩んだ道///

さくさくと迷うこともなく歩いているアイルーの姿を誰も気に止めることはなかった。丘陵に住まうランポスたちも、小さなアイルー一匹に構うほど暇ではないとばかりで、その歩みが妨げられることはなかった。首にはギルバートがくれたペンダントが、背中にはどことなく威厳めいた輝きを放つマカネコピックが、それぞれきらりと光を反射させていた。

最低限の持ち物だけを持って、淀みなく歩くハンだったが、実のところ行き先を決めてはいなかった。ただノラとして一人でこの世界を生きていけるのかと問われればそれは不可能というよりない。なんせ、ハンは小さく無力なアイルーだ。生き残るには群れをなすよりない。だがハンはその群れから追い出された。二度と戻ることは叶わないだろう。そういうものなのだ。なんとも冷めているようだが、それが群れを維持するために必要なことといえば誰もが頷くよりない。

しかし追い出された個がどうなるかなどは誰も知らない。追い出された個は群れにおいてはほぼ、なかったものとされてしまうからだ。

だからハンは悩んでいた。困っていた。惑っていた。
これから、自分はどうするべきなのか、を。

一歩一歩足を進めるたびに、だんだんと不安が奥底から溢れてくる。
それは唐突に孤独と恐怖の塊になって、ハンを蝕む。

とうとう、歩みはとまった。



眼前には薄暗い森がぽっかりと飲み込まんとばかりに口を開いている。
ふとそれが自分を食おうとする化物のようにみえ、そのあまりの恐ろしさにハンは森へと背を向けた。
そこでようやく、彼は歩いてきた道を振り返った。


そこは小高い丘の上だった。


どこまでも続くかのようになだらかな緑の波打つ大地が広がっている。
爽やかな風が遠くに見える山へと里帰りをするかのように駆け抜けていく。
時折その風が足元でそよぐ緑をすくい上げる様子は、草木が踊るかのようにも見えた。
アプトノスが小さな群れをなして、草を喰みながら子供を見守っている。
立派な角のケルビがほかのケルビたちを引き連れながらやがて暮れていく日を追いかけるかのように華麗なステップを踏んでいた。
ところどころ、緑の上に浮かぶかのように鮮やかな青色が見える。
空より深く、海よりは鮮やかなそれはどこか楽しげに地を跳ねるランポスたちの姿だった。
時折二匹以上の彼らがお互いにぎゃあぎゃあと元気よく声を上げている。
そのさらに向こうには、ふたまわりは大きなドスランポスが周囲を神経質そうに見渡しながら群れを見守っていた。

ひゅう、と風が再び森から遠くの山へと吹き抜ける。
その風に乗り込むかのようにして、虫たちが空高く飛び上がり、巣へと帰っていく。
そしてさらにその上へと影を作りながら、緑と赤の巨体が空を駆け抜けるではないか。
陸の女王リオレイアに寄り添うかのように、空の王者リオレウスはアクロバティックに空の上で一回転を見せた。
答えるかのようにリオレイアが目を細めたのを見ていたのは、やはり寄り添うリオレウスだけだっただろう。
徐々に傾く日のその向こうへいくかのように丘陵を穏やかに旋回しながら空の夫婦もどこかへと飛んでいってしまった。
遠くの山々へと目を向ければ、山の上で一瞬の閃光が走ったり、全てをなぎ払うかのような突風が小さな体を吹き飛ばす姿が見えた。

ふと、背後の森から高らかな獣の声がする。
脳裏には桃色の牙獣が思い描かれる。
と、同時に巨大な桃色の牙獣ババコンガが少し遠くを軽やかに木々の隙間を縫っていく姿が見えた。
極彩色の頭部の飾りが深緑に紛れるようにして見えなくなる。

ハンを撫でるようにして風が吹いた。
丘の上から鮮やかに波打つ世界を眺めているうちに、太陽は傾いていき、遠くには徐々に星が煌めきだした。

ほけっと立ち尽くしていたハンは、地平線に消えていく太陽の、その目前にある山を見ていた。頂上は万年、白さを称える極寒の山を。そして、彼は唐突に走り出した。濡れた目を強引に乾かすようにして、ハンは丘陵を無心で走り続ける。その体はいつもよりぐっと、軽く感じた。



mae  tugi
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