巨大の些細な恩返し///

動くことを忘れたかのように、誰もがぴたりと固まっていた。
トトが鋭い牙のずらりと並ぶ口をハンに近づける。
いつかのように食われる!と身を固くしたハンに、同じく考えていたギルバードが飛び出した。

「は、ハンからっ離れるにゃぁああああ!!!」

しかしギルバードには戦う術はない。元元平和主義なのだ。どうすることもできず、かといって、何もすることができない彼は、勢いのままにトトの顔へと飛びついた。
驚いて首を持ち上げるトトに、ギルバートは懸命にしがみついた。

「ギル…!」

対するトトはといえば、急に顔に飛びついてきたアイルーをどうしたものかと目を白黒させた。手で叩いては、骨が折れてしまうかもしれない。仕方が無く、振り払うようにしてぶん、と首をふる。それだけで、硬い鱗が滑り、ギルはぼとりと地面に叩きつけられた。
この時、やはりトトは気が付いていなかった。
アイルーたちからすれば目の前に突然ティガレックスが立ちふさがる、などというその恐怖がいかほどか。などと。

「ギル!」

思ったよりも勢いよく地面に落とされたギルバートは、一度おおきくはねて、二回ほど転がった。ハンが慌てて近づいて、大きな怪我がないことにほっと息をついた。
きっと、恐怖の色を持ちながら懸命に睨みつけてくる彼に、半歩ほど体を近づけ、再び顔を近づける。
その小さい体の前にぶらりとポーチを揺らされて、怪訝そうに身を引いた。

「にゃ、にゃに…?」
「ぐるる…(うけとってくれないかなぁ…)」

ずいっとさらに近づけると、ポーチががつりとハンの顔に当たる。
受け取れ、受け取れ、とぐいぐいと押せば、「や、やめるにゃ!やめるにゃー!」という可愛らしい悲鳴と共に、耐え切れず地面に転がった。
トトがころりところがされたハンの上に、器用にポーチを落とす。

「…がる(よし)」
「にゃんにゃんだにゃーー!!」

思ったよりも重たい荷物をどうにかどけて、ハンがその中身を漁る。
ふと、その中身にどこかで無くしてしまったりした自身のアイテムが混じっていることに気がついた。
それは先日の雪山で、ひとり無様に遭難したときのものだと、ハンは気がつく。
ぎゅっと手に、マカネコピックの柄を握り締める。その感触に、じわりと安心感と共にひとつ、思い出す。
これを届けてくれた存在を。

「……ハン…それは…そいつは…なんだにゃ」

いつの間にかすぐそばまで来ていたオリーが、武器を構えながらハンの横に立った。
倒れていたギルバートも、その上体を起こしてじりじりと後ずさる。
ハンは、どこかぼけっとした頭でオリーを見た。

「(…にゃ?)」

オリーのその足が、体が、ぷるぷると震えていることに。
耳は怯えを表すようにぺたりと後ろにたれているし、その声も、よくよく聞けばいつもの覇気はない。
ゆっくりと自身のアイテムを親切に届けてくれた存在に目をやった。
不思議と、今は、その巨体を恐ろしいとは思わなかった。

「…お前、あの時のティガレックスかにゃ…」

ハンたちは逆光でその顔を伺い見ることはできなかった。
トトは答えるようにして一度だけ喉をならし、満足げに来たときのように大きく地面を蹴った。

ハンたちの頭上にぶわりと強い風を巻き起こしながら、トトは丘陵の奥へと、姿を消す。
彼女のささやかながらも、大きな恩返しはひとまずのところ収束したのだった。




mae  tugi
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