オルシュファンの話///

 あの時。後方から気配を感じ、そして飛来した青白い光を咄嗟に盾で防いだことを覚えている。確かに防いだその槍のような閃光は、しかし私の盾を砕き、この身を穿った。

 腹部からあふれるぬめりとした感覚。せりあがった血を口から吐き出したあの瞬間。だが、沸き上がっていたのは背後の盟友を守れたことへのとめどない安心感。

 それから、ほんの少しの寂寥感が、あの時のすべてだった。

 触れている手に力が入らなくなり、地に落ちた時。盟友である彼女が、無理にでも私の願いを聞き入れて泣きそうな顔をしながら口元に笑みを作るのを最期に目に焼き付けた。これから先の彼女の活躍を知ることができないのはなんとも歯がゆい思いだったが、最期の最期まで皆の声を聴きながらとっぷりと暗闇の中に意識を落とすのは存外悪くはなかった。

 眠りにつくような心地で、微睡んでいるような感覚だった。一瞬だっただろうその間が随分と長く感じられ、私は父や兄たち、友人たちのことを走馬燈の中で見た。

 あの日、あの時。私は死んだ。
 オルシュファン・グレイストーンは、あの日死んだ。

 ……これは、そのあとの話だ。

* * *

 奇妙なことに目を覚ました私は、その奇妙さに気が付くこともなく周囲を見渡していた。部屋が大きいと感じたのと、隣に眠っている人物に気が付いたのは殆ど同時で、それからその人物が私が願いを託した光の戦士その人であることに驚いた。

 あぁ、これは驚いた。

 彼女を起こすのは忍びなかったが、何が起きたのか尋ねようと思い彼女に触れようとして…… そして、ようやく違和感に気が付いたのである。実に遅い気づきであった。
 彼女の肩に触れようと伸ばした手は小さかった。彼女の肩を揺さぶるにはいささか力もたりず、彼女の頬を慌ててぺちぺちとたたくに至る。

 「……ん……?」

 眠そうにしながら意識を覚醒させる彼女は、目元を軽くこすりながら上体を起こした。私は不安定なベッドの上に立ちながら彼女を見上げる。
 寝起き姿を見るのはなかなか新鮮で、これはこれでぐっとくるものがあったが、今はそれどころではない。

 「…! …! …? ……!?」

 そしてさらに衝撃の事実が判明する。なんと、今の私は声が出せないのであった。
 混乱しながらも彼女に再び会えた嬉しさをなんと表現するべきか困りながら、伸ばされた腕に抱き上げられる。なぜ抱き上げられているのかもわからないままわたわたと両手を動かしなんとか訴えかけるが、それもすべて失敗。彼女は不思議そうに首をかしげながら、私と視線を合わせ、こういった。

 「…? どうしたの、マメット・オルシュファン」

 マメット!

 マメット・オルシュファン!

 彼女は私を見ながらそう言った!色々と気になることはあったが、同時に納得もした。マメットか!ならば確かに、こうも体が小さくて声が出せないわけだ、と。
 ……そして納得をしているうちに彼女に撫でられてから彼女のすぐ横へと降ろされる。ふふ、と小さく笑いながら「いつの間にか寝ちゃってたみたい」と口を開く彼女を見上げる。隣に寝そべりながら、彼女は片手を私の手に触れた。彼女の指先ほどしかない小さな手を、彼女は優しく握る。

 「今日ね、ドラヴァニアに行ったんだよ、オルシュファン」

 シャーレアンがあったところ…… 今はね、ゴブリン族が住んでて… この間、知ってるゴブリンにも会ってね? ロウェナさんもいたし、レブナンツトールみたいなの。冒険者が多いっていうのも、あるかもしれないけど…… レブナンツトールといえば。ちょっと用事があってそっちにもいったんだけどろうぇなさんそっちにもいて。びっくりしちゃった。ろうぇなさんってなんにんいるんだろう。おるしゅふぁん、しってる?

 ぽつぽつと彼女は私に話しかける。だんだんと眠りについていく彼女を見て、ちらりと外の様子をみると時間はまだまだ夜のようであった。無理に起こしてしまっては、彼女の明日の予定に響いてしまうだろうと思い、少し落ち着いてきた私はじっとその話を聞いていた。オルシュファン、と私を呼ぶ声は変わらない。
 まるで寝る前の日記か、手紙のように私に話かけながら彼女が寝息を立て始める。

 「…… ……」

 きゅっと握られている指を、小さくなってしまった手で握り返す。何が起きているのか、いまいちとわからないことも多いが、一つだけ確かなことがあった。
 私は、もう少し彼女の冒険をこの目で見て、この耳で聞き、あまつさえ彼女に同行できるようだ。

 明日はどこへ行くのだろう。

 すっかりとこれまでの不安を忘れてしまった私は真横にいる盟友のぬくもりを感じながら目を閉じた。

 どうやら私は、彼女の手に渡った私を模したマメットの中に入り込んでしまったようだ。不思議な星のめぐりあわせもあるものだと思いながら、今はただ、この現状を喜んでいるのだった。



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確かマメット入手タイミングが違うんですけど、
そこは深く気にしない方向で。

mae  tugi
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