■ 52.It’s all about the journey, not the outcome.

私の元に帰ってきた影崎は、とても静かだった。

血で汚れていたガルベーヤはすっかり綺麗になっており、どうやらDISCを体内に戻し、スタンド能力を使って血を回収したらしい。
相変わらず反則級の回復力だ。流石にあの空条承太郎と正面切ってやりあい、生き残っただけの事はある。

元気そうでなにより、と軽口を叩くと、抜かせ、と想像していたよりもいい反応が返ってきて、私は思わず肩をすくめた。

最悪ヒトとして壊れてしまう危険性もあったが、これなら上出来。

影崎は、花京院を見捨てきれず、私のスタンド能力によって死にゆく彼を見送ったのだろう。時間にして、およそ半日。花京院も随分と粘ったものだと思いながら、私はようやく昇ってきた朝日を片目に、男の様子を伺う。

顔色は悪いが、こちらを射抜く眼光は鋭く、屋敷で子供に見せていたような穏やかな顔は見る影もない。じわり、じわりと時間をかけて奪ってやった穏やかさと仮初めの平和は、花京院の死によって完全に消えた。
花京院は苦しんで死んだだろうか?
それとも穏やかに眠るように死んだだろうか?どっちにしろ、この男は苦しんだだろう。死人はとうに死んでいるというのに。



「行きましょうか、影崎」



記憶に蓋をし、忘却しないように。
直接の死ではなく、間接的な死を与えた。
綿の紐で優しく首を絞めてやったのだ。

苦しみ悩み、足掻き、逃げきれず、守って、裏切って、殺して。たった一人で戦い続けた愚かな人間の葛藤がつまりにつまったその顔は、まさしく人間らしい私好みの顔で、私は思わず口を押さえた。


ふ、ふふ。


…ああ、いけない。
思わず大声で笑ってしまいそうになる自分を抑えて、私は傘の柄を優しく撫でる。
ようやく手に入った、ボスの素性を唯一知るジョーカーであり、有能なスタンド使い。

花京院の死を見ても、よく記憶を飛ばしませんでしたね。と褒めれば、あんたが言ったんだろ、と彼は顔を歪めた。



「俺まで忘れたら、あの人は本当に死んでしまう」



その言葉に私はついに耐えきれず腹を抱えて笑ってしまった。
はははは!なんて愚直!なんて滑稽ッ!
子供の為に自分を殺していく馬鹿な男は、何も知らない迷子のように私の言葉を鵜呑みにする。そうなるように仕向けたとはいえ、こうも上手くいくとは。総じてスタンド使いとは一癖も二癖もある者が多いのだ。上手くいかない事も想定して、万が一の為に処分できるのか否か、不死が必ずしも不死ではない事を確定させてから事に臨んだが、杞憂だったようだ。ふふ。



ああ、なんて素晴らしい。



□■□



「ーーーこれからは俺の手足として生きてもらう」



異国の言葉を聞きな流しながら、ぼくは隣に拘束されているサイコ野郎の隣で、ただただ途方に暮れることしか出来なかった。
あの時、記憶の中の影崎さんの姿とは全く違う、冷たく、冷酷な目をした彼はぼくにそう言って、わざと命令口調で、負けろと言った。

負けろ?誰に?
その答えはすぐに分かった。



「うううぉぉおおぁ」
「・・・うるさいぞ、花京院」



我ながら酷い声だ。
しかしどう頑張っても酷い声しかでない。ついでに言えば、手も足も動かない。

・・・当たり前だ。今のぼくの体は血の通った肉体ではなく、とある男の作った血の通わない人形のものなのだから。

ああ、ひどい。・・・ひどい。なんで、どうして。
そればかりが頭に浮かんでは消え、彼の苦痛に満ちた表情ばかりがずっと頭の中をぐるぐると回っている。



『どうして・・・ぼくは、こんな事望んじゃあいなかった』



スタンド越しに言葉をのせれば、近くにいた奴がぴくりと反応して、こちらを向いた。
承太郎にボコボコにされたにも関わらず、影崎さんのスタンド能力によってある程度回復したサイコ野郎―――テレンス・T・ダービーが、はぁと溜息をはく。
そのしぐさが影崎さんと被って、ああ、この男は彼と短くない間共にいたのだと実感するには十分な仕草で、どうにもやりきれなくて。



「私もあのバカにこれ以上引っ掻き回される事になるとは思いませんでした」
「・・・」
「命拾いしましたね、花京院」



命拾い。確かにそうだろう。けれど命拾いといったが、奇妙な事に、ぼくは確かに今も死んでいる。

ああ、どうして死なせてくれなかったのか。
死者は死者であるべきじゃあないのか。
ぼくは一体何なのか。ぼくは、望んじゃあいけなかったんじゃあないのか。


バラバラと、ヘリの音がカイロの街に響き渡っている。


ぼくの遺体はSPW財団のヘリで回収され、きっと今頃承太郎達と対面しているだろう。
だから、ぼくがこうして魂だけで存在している事を知っているのは、この男と影崎さんだけという事になる。ああ、なんで。どうして。背負ってしまうのか。承太郎のご先祖様の息子で。DIOの息子で。



「俺の息子を守ってほしい―――」



―――期間は、あの子が成人するまで。
あの子が”DIOの息子”ではなく”汐華初流乃”としてSPW財団に入れるその時まで。
報酬は、今の君の体・・・俺のスタンドをあげるから。

それにもし、もしハルノがDIOのようになってしまったら。
君は空条承太郎側の人間として、ハルノを・・・。



ああ、あなたはずるい。報酬や逃げ道まで用意して、あなたはぼくを縛りつける。
そんなんだから、ぼくもまだ、生きたいと思ってしまうじゃあないか。
ぼくが、死人が望んではいけなかった、生きたいっていう思いをくみ取って、優しく縛りつけて、あんな冷たい険しい顔をして、自分は業火の中へ飛び込んでしまう。

その手を引き止める事が出来なかった事を、ぼくは一生後悔するだろう。
そう、ぼくは動かない手足を恨みながら思うのだ。



すべては過程だ。結果ではない。
(それを俺は、あの館で学んだから。)



[ prev / top / next ]