■ 51. Aschman is ” "

「ぼくは、いきませんよ」



彼がその言葉を口にしたのは、俺が花京院くんに対して、もう俺はいいから仲間の元へといった方がいいんじゃないか、と口を開こうとした、ちょうどその時だった。仲間の元へ行った方がいいのか、逝った方がいいのか、どっちの意味で言ったのかは俺にもよくわかっていないけれど、花京院くんはそのどちらも否定したつもりらしい。
ぽつりと、けれどしっかりとした声音で、彼はそう言いきった。



「ぼくは、彼らを信じているから、いきません」



いけません。パンッと銃弾をハイエロファントグリーンの触脚で弾き飛ばした花京院くんは、まっすぐに前を見ていた。その強い目を見せられて、俺は思わず息をのんだ。
そこには、確かに仲間への絶対的な信頼が見えて、俺はここにきて初めて自分と彼との決定的な違いに気がついたのだ。彼は俺と違って、固い絆で結ばれた仲間がいて、彼らの勝利を心の底から信じている。彼らが自分が遺したものに気がつき、勝利すると確信している、痛いほどの信頼がそこにはあった。

そして、俺はこんな時だと言うのに、彼と初めて会った時の事を思い出し、彼の昔の姿と今の姿を比べて、目を細めずにはいられなかった。

人間は変わる。
変わることが出来る。

だからこそ、人の社会には法があり、秩序があり、正があり、それにあぶれたものが負になる。だからこそ、今までスタンドという秩序も何もない力をもってしまった者は、必然的に負にならざるを得なかった。

けれど、もうそういう時代は終わるのだろう。

ンドゥールやマライアのように、負に落ちざるを得なかったスタンド使いの在り方もきっと変わる。花京院くんが変われたように、きっとこれからは、スタンド使いが正になる日が来る。

でも、正から負になるのは簡単だけれど、その逆は難しい事も知っている。
堕ちるのは、あっという間だった。
俺が、DIOの餌となる人を見捨て、見ないふりをして、血を流し流されあい、汚い所へ金を回して今を生きているように、汚くなるのはあっという間だ。

そして、負から正になるだけの”何か”が花京院くんにはあったけれど、みんながみんなそうではないことも俺はDIOの館で知ってしまっているから、正直複雑だけれど、とりあえずはこれを言っとこうかな。



「ばかだなあ・・・さっさと俺なんて置いて友達の所にいけばいいのに」
「何を言っているんですか、ほら影崎さ・・・、」
「・・・ばかだなあ」



全て、俺にはないものだった。
俺が失い、そして俺にとっては守るものだった星を見つけ、同列となれる彼が羨ましくはあったけれど、同時にハルノは彼のような者達をひきつける、そういう星の元に生まれてしまったんだなあとも実感するのだ。

俺がいくら守ろうとしても、悪や正の人達から離しても、きっとハルノの元には人が集まるだろう。
ジョナサンがそうであったように。
DIOがそうであったように。
どっちに転んだとしても、彼はその運命からは逃れられないのかもしれない。

ならば、俺はハルノがあの夢に出て来たように絶望し、DIOに似た姿にならないように、影から日向へその背を押してあげたい。

境界線のその向こう側に立って、こちらへ来てはいけないと、その背中を俺が押してあげたい。わがままだって、自己満足だって分かっている。
望まれてないかもしれない。

だってきっと完全な悪であれ正義であれ、辛いし、苦しい。
でも、だからこそ、幸せになれる可能性が高い方へ身を置いてほしいと願ってしまう。
例え、それが俺のひどい思い込みと汚い自己満足の産物であろうとも、俺はもうハルノに泣いてほしくないんだ。



「(―――ああ、なんて汚い)」



だから、そんな俺に君は手を伸ばしてはいけないんだよ。花京院くん。
堕ちていくばかりの人間に、手を差し伸べちゃだめだ。



「(光の中は、きっと心地よく、幸せになれるんだろう)」



俺がハルノと一緒にいて、幸せだったように。
なんだかんだ言って、俺もついさっきまでは、自分も光の中にいたいと思っていた。

けれど、俺はどこまでも甘かった。

DIOの追っ手に狙われるからだとか、そんなものは闇の中で握りつぶせばいいだけなのに。
光の中に居ようとするから、危険なのだ。所詮相手は”元”組織。個では、組織に対抗できない。そういうところまで、もう来てしまった。

はあ、と溜息を吐いて、ぐしゃりと髪をかきあげた。・・・ここまで来たっていうのに笑っちゃうよなあ。俺は、もう光の中にいなくていい。そういう覚悟が足りなかった。覚悟してしまったら、後は泣くほど楽だった。

光には必ず影が出来る。
境界線が、必ずある。

だから俺は、自分の正義を貫こう。
正と負の境界線を知るには、正ではなく、負に居るべきだ。
暗がりに身を置いていれば、より危険を察知できる。
負が俺にとっての正義、っていうのは皮肉なもんだけど、正にいては、忍び寄る負には気付けない。そこまでの能力は、残念ながら俺にはないのだから。



「ハルノ、俺はいつでもお前の幸せを願っているよ」



光の中にいたいと思っていた時にした約束は、これからも破られる事はないだろう。
けれど、だからこそ、俺は非情にならなければならない。
手をこまねいて待っているあの男の元へ行かなくてはならない。
それが例え、いつかハルノを裏切ることになろうとも、それが彼の幸せへと繋がっているならば、俺はそれをするだろう。



「ごめんね、花京院くん」



だから、俺は―――。


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