■ 50.Rain of the desert.


雨という単語を反芻して嚥下し、そこで初めて思い出したことがあって、俺は思わず後ろを走る花京院くんに向かって叫んだ。
今思えばおかしかったのだ。



「花京院くん!君がエジプトに居た時、雨で砂漠の色が変わって見えたなんてことあったか?!」



ぜいぜいと肩で息をしながら追っ手から逃げていた俺の言葉に反応した彼は、一拍間を置いて考えるそぶりを見せた後、絞り出すように返ってきた返事は、『一度もない』だった。俺は思わず心の中で悪態をつく。花京院くんの様子も気になるが、やはり、ああ、なんてこった。

俺がこの世界に来てから約4年。ハルノが生まれるまでは、いや、正しくは俺がホル・ホースと旅に出る前で記憶に残る限りでは確かに『一回も』なかった。
だがどうだ。それ以降俺は何回もその現場を見ている。

砂漠の色が濃くなるほど一度に降り続く霧雨なんて、ありえなかったのだ。



「影崎さん、貴方いつからあんな奴に狙われていたんですか」
「・・・多分、もう二年くらいになるんだと思う」



おそらく狙われ始めたのは、マライアが俺に意味深な忠告をした時より少し前の頃だろう。



―――私の勘がヤバイって言ってんの・・・下手したら殺される。そんな何かに心当たりがあるようならさっさとソイツに殺られる前に殺っときなさい。



あの時マライアが言った忠告は、俺が矢を隠した事でDIOに殺される事を言っていたのかと思っていた。
けれど、違ったのだろう。あの時のマライアが言っていた忠告はDIOに対してじゃない。ギャングの男に対してだったのだとしたら・・・女の勘とは恐ろしい。

・・・あの雨すべてがスタンド能力の賜物で、あれに当時触れていたらと考えるとぞっとした。
きっと俺は簡単に殺されていただろう。
ああ、俺は、弱い。そんなの一番よく分かっている。後ろで銃弾を弾き飛ばす、花京院くんとは違って、恐怖を感じているんだ。今も、なお。



「・・・あの男の言葉、本当だと思いますか」
「・・・俺もそこまでアイツの事を知っている訳じゃないけど、多分、ほぼ本当だと思う。アイツは用意周到で、経験豊富な知識もあり、執念深く、そして恐ろしく強い」
「ほぼ、というと、やはり射程距離は嘘だと思っているんですね」
「じゃなきゃやってられないよね・・・」



正直言って、勝てるどころか逃げ切れる見込みもゼロに近いと思う。
わざわざ俺たちを目の前で見逃したのだ。射程距離があったとしても、数十キロ、数百キロ単位だろう。

感情を永遠に定着させる能力。
死人だ、という意識を定着させられた、俺か花京院くん。

精神エネルギーを使って感情を定着させるようだから、俺の精神エネルギーの塊であるスタンドのエネルギーを使って感情を定着させられたのか(なにせ花京院くんの身体は俺のスタンド能力によって作られたものだから)。
それとも花京院くん自身の精神エネルギーを使って感情を定着させられたのかはわからない。前者の場合、本来の精神エネルギーを持つ俺に感情が定着していてもおかしくはない。



「影崎さんッ!!!」
「ぐぁっ」



銃弾が肩を霞めて、血が灰色無地のガラベーヤに滲む。大丈夫、と手で制してから、俺は疲労しきった様子の花京院くんを見た。
無理もない。DIOと戦ってスタンドパワーを出し尽くしただろう彼に、まだ戦ってもらっているのだ。
痛みに耐えながら、懐にしまってある俺のスタンドのDISCに触れる。
これを頭に戻せば、きっと俺のスタンドは発動しなくなり、魂を囲う能力はなくなる。

・・・死してなお、戦いに巻き込んでしまった彼を、もう解放してやるべきだろうか。
いや、そもそも花京院くんはDIOと戦っていた筈だ。その戦場に彼を戻してやる方が、彼の為になるのか。




どっちにしろ、決断しなくてはならない。




(じくじくと肩の傷が痛んだ)

[ prev / top / next ]