■ 49.Letting Go of Attachments.

「―――死人は死人らしく黙っておいていただけますかね」



この男が、どこか狂っているのはよく分かっていた。
たとえば、人を見る目が。たとえば、その口調が。たとえば、顔に刻まれた皺ひとつひとつが。この男を構成しているもの全てが、少しずつ、少しずつ普通の人とはずれていて、そしていつの間にかそれは大きな歪となり、この男というものを形作っていたのはよく分かっていた。
けれどこんなに。



「それとも死人に口なし、という言葉を知らないのかね」
「確かにぼくは死人だが、精神は死んじゃあいないッ!」
「では再度死んで頂こうか」



そう言葉を発してそっと微笑んだアイツが、心底微笑んでいるという事にゾッとし、信じられない気持ちで恐ろしいことしようとしている男を見た。手を握ったり開いたりして自分を誤魔化しながら、老いた男を見る。感じたのは、違和感と、焦燥感。何をする気なんだこの男は。いや、何もする気を起こさないこの男の所作が俺を焦らせているのか。この老人がここまで言って何もしなかった事は無いのに。
だから、男が満足げに花京院くんから目を離し、俺に目線を寄越したときに、俺は心臓が掴まれた思いだった。



「さて影崎、これで花京院典明はまた死ぬ訳だが・・・理解できたかね?いや、できないという顔をしているな・・・フフ」
「何を馬鹿な事を・・・ぼくはまだ」



「―――レイニーデイ・ドリームアウェイ。それが私のスタンドの名前だ」



そうだ。この男のスタンドは確か、雨のスタンド。



「私のスタンドで、君が口にし、そして感じた『自分が死人だ』という意識を永久に定着させたッ!・・・あァ、まだわからないという顔をしているね。なあに、簡単なことだ。私に定着させられた感情は、事実その通りになる。例えば『私には敵わない』という感情を定着させれば、先程の女のスタンド使いのようにスタンドを出せずに私には立ち向かえなくなる。死人だ、という感情を定着させれば・・・分かるだろう?フフ、そう、貴様は死ぬのだ花京院。死人に精神エネルギーがあるか不安だったが・・・確かに定着させられたようで何よりだよ・・・なぁ、影崎」
「馬鹿な・・・」



・・・それが貴様のスタンド能力だというのかッ?!・・・馬鹿な、そんな馬鹿げたスタンドなど聞いたことがないッ!そう吼える花京院くんは、そんな死ぬ感情を定着させられたと思えないくらい元気だ。男のスタンドは遅効性の毒のようにじわじわと効いてくるものなのか、と思いながら、男からは片時も目が離せない。というかこの男の場合、目を離させ無いような立ち振る舞いをわざとしてんだよなあ、と思いながら、老人がまた口を開くのを待つ。

ぐるっと俺たちを見たその目が三日月状になって、満足げにすう、と息を吸った彼がまた言葉を吐き出した。



「だが事実私のスタンドはそのような能力なのだ。しかし、安心するといい・・・花京院。人は三度死ぬものなのだ。一つは肉体の死、もう一つは精神の死。そしてもう一つは、人の記憶の中の死だ。君は人の記憶の中に生き続けるだろう・・・私の中で今もなお、私の妹が生きているように、君も人の記憶の中では生き続ける」



妹。心底愛しそうに妹という単語を口にする男の姿を見て、人でなしの老人にも人であった時があったのだろうかと思わず考える。もしかしたらハルノと俺の事を自分に重ねたりしたのだろうかと思いながら、俺はそっと手で口を覆った。彼のスタンドは確か霧雨状にも出来た筈だ。ということは、この場所には視認できないほど霧状になった彼のスタンドが展開されているということなんだろう。だが、視認できない利点の代わりに欠点もまたある筈だ。たとえば、そう、量が少なくて影響も少ないとか。

真っ白になりそうな頭を無理矢理動かして、硬直した体に鞭を打った。
考えろ。動け。そうでなくては、しんでしまう。



「・・・花京院くん、口を押さえて。あと今すぐ逃げよう」



え。という花京院くんの言葉を無視して、俺は彼の手をとって走り出した。
わざと、大きな声で怒鳴る様に叫ぶ。



「それほど強力なスタンドなら射程距離が決まっているはずだ!あと俺も体内に矢を残したまんまスタンド出しちゃったから!あいつに体抉られて矢を取り出されて殺されちゃいそうだし!他にもDIOの手下が攻撃してくるし!逃げよう!」
「―――安心するといい影崎。私もいざという時のカードは欲しいのでね・・・ボスを知る唯一の生存者・・・貴方を殺したりなどしませんよ。あと、花京院はもう諦めなさい。私のスタンドに射程距離はない。逃れる事などできない」



いずれ、貴方は私に頼らざるを得なくなる。花京院はもうじきいなくなり、DIO側にもジョースター側にも追われる身だ。まあ、せいぜい逃げるといいでしょう。あの程度のDIOの部下にやられる貴方でもないでしょうし。



「鬼ごっこくらい付き合ってあげましょう。私は存外子供好きなのですよ」



疲れ果て、絶望した時に、私が手を差し伸べて上げましょう。
そう言って、何もわかっていない鬼が笑った。
過大評価をどうもありがとう。と皮肉って、俺は花京院くんの手を引いて逃げた。



しがらみを全て断ち切る



(手が、呼んでいるのだ)

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