■ 48."b3" and "k3w"

最期に見たのは、自身の半身の一部がキラキラと光って落ちていく様と水に流れていく大量の血だった。

感覚がすべてなくなってから、しばらくたった頃だろうか。
ぼくもアヴドゥルさんやイギーの元に行けるかな、なんて考えていた時に、不意に誰かに手を掴まれた。いや、もうぼくには体がないのだから、手を掴まれたというのは奇妙な話だが、確かに掴まれたのだ。例えるなら、テレンスと戦った時のような、魂を捕えられた感覚。

ただ、あの時と違うのは、ぼくが誰かの記憶を見ているという点だった。

掴まれているところから、誰かの記憶が逆流してくるような感覚。

記憶の断片が頭の中をぐるぐると巡っては消え、巡っては消えを繰り返すうちに、そのうちこの記憶が誰のものなのかわかった。



ああ、なんて事だ。そういう事だったのか、と記憶の中の黒髪の子供が、記憶の主に向かって微笑んでいる。それは優しく、温かい記憶。そして、それを守ろうとする奮闘記。



影崎さん、貴方は―――。





□■□





DISCを外した時の俺のスタンド能力は、死者の魂を捉え、その姿を魂の主ものへと変える。だから花京院典明がスタンドを発動した俺の目の前にいるという事は、彼の魂がすでに死者のそれであるという事で。ああ、なんで。
心臓が、ドクドクと煩い。



「花京院くん・・・君、しんだのか・・・?」



ほんとうに?と言外に滲ませながら伸ばした手の感触はやはり、確かに彼がそこに存在することを証明していた。

思わず右手が彼の左胸に触れる。

指の先から冷たくなっていく様な奇妙な感覚。自分の心臓の音がやけに大きく聞こえる。ドクドクと自分の鼓動だけがただただ煩い。しんだ、しんでしまった。やはり、恐怖は彼の生命線だったじゃないか。超えてはならないものを乗り越えてしまった結果がこれか。これが、1人の人間の終わり。これが、人間の最期。あっけなく、残酷に殺された、たった17歳の子供の最期。

これが!

息が苦しい。頭に靄がかかって視界が霞む。

くるしい。

少女が目の前で殺され、17歳の青年も死に、11歳の少年は命を奪いに来る。
いっそ狂ってしまえたら、と思う。けれど、ハルノの存在がそれにストップをかける。

会えなくてもいい。(嘘だ、会いたい、抱きしめたい)
命を狙われてもいい。(嫌だ、苦しい、死ぬのが怖い)
俺はこれからどうなってしまうのか。(わからない、殺されるんじゃないか)

ちぐはぐな心を無理矢理つなげているのは、たった一つの小さくて大きな存在だという事も分かっている。狂ってしまったら駄目だと分かっているから正気でいられる。

けれど、ここまでくるともう現実を見なくなってしまうのも確かで。

なあ、花京院くん。しぬのは、怖かったか?とは聞けなかった。
聞く前に彼に肘鉄を食らったからだ。



「―――しっかりしろッ!影崎さん、貴方はまだ立ち止まってはならない筈だ!」
「・・・いっ、つ!」



盛大に鼻から血を出した俺は思わずその痛さに半泣きになった。
ゲル化の能力はもう俺にはない。だから、めちゃくちゃ痛くて、だからこそ、ハッとした。
俺は今、何を考えた・・・?

ぞっとして、思わず呆然とした。

そしてパンッと鳴った銃声にまた現実に引き戻される。
険しい顔の花京院くんの隣に、ハイエロファントグリーンが佇んでいた。
どうやら、彼のスタンドが銃弾を跳ね落としてくれたらしい。ひゅんと鞭のようにしなる彼の触脚が、エメラルド色に煌めいた。それはあの、雨の色。その色に、先程見た風景の真意を見た気がした。ズタズタに引き裂かれた触脚。ああ、彼はきっと、DIOに。



「・・・どうして。俺たちは、君を、殺したのに」
「その話は後でしましょう。ぼくも貴方に話したいことがありますから。・・・まあともかく、敵はDIOの刺客だけじゃあないようですよ。影崎さん」



見てください。
そう言った彼の目線の先には、老齢のあの男が立っている。
蝙蝠傘を手に、コチラを冷ややかに見ていた。



「―――死人は死人らしく黙っておいていただけますかね」





幽霊の籠





(貴方はやはり、優しく、温かかった)

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