■ 47.Emerald Rain

ただ、ひたすらにやりきったという感情で満たされている俺を、戦いの現実に引き戻すのに、その音はきっと想像以上の成果を上げただろう。



「なら、影崎。ウチの拘束をとっとと外してもらわな―――」



パンッ

その音がした時にはもう、彼女の声は途切れていた。
同時に俺の胸にぽっかりと穴が開いている事に気がついて、思わず俺の口から間抜けな声が出る。



「・・・え?」



ありえない角度で突如現れた銃弾がSPW財団の女の子にあたった。

俺がようやく現状を把握出来たのは、銃声を聞きつけて部屋に入ってきたギャングの男によって俺の身体が部屋から引きずり出された時だった様に思う。

俺も一応撃たれたけれど、いつものようにゲル化して無傷だった。そっと自分の胸に空いた穴にぼんやりと触れて、ああ・・・いったい何が起こったんだろう。とぼんやり遠くを見ながら、自分の胸に空いた穴を塞いだ。

・・・いや、分かろうとしたくないだけで、本当はよく分かっている。彼女と俺が何者かに狙撃されたんだ。そして男の反応からして、ギャングがやったことじゃない。

・・・何なんだよ。と思わずにはいられなかったのは言うまでもなかった。
何なんだ。もう、やめてくれ。安心したと、助かったと思ったらこれだ。所詮悪に身を置いた俺には、救いなんてないのか。しょうがないじゃないか、この世界に来たときからそこしか居場所がなかったんだから。いや、選んだのは俺だってわかっている、わかっているけれど!
だって、ハルノがいたから。言い訳なのは分かっているけれど、思考の暴走は止まらない。

命の危機なんて、館に居た時には感じなかったのに。
いや、狙われてはいた。けれど、こんなに危機に感じた事はなかった。あそこには終わりがあった。安寧があった。いや、逆か。館にいた時は、俺が命を奪う側にいただけだったのだ。そこから出た今、俺は命を奪われる側になったと、ただそれだけのこと。
ああ、だとしたら。これからの俺の生活はきっと平穏なものではない。ギャングに俺は自身の安全まで頼まなかった。いや、頼めなかったのだ。俺にはもう、出せる対価がなかった。俺がギャングに頼んだ事は、ハルノをDIOの館から無事連れ出す事と、SPW財団に知られないようにする事の二つ。

そう、二つだけだった。



「スタンド使い・・・DIOの刺客か。どうやら影崎、お前を殺しに来たようだぞ」
「・・・なんで彼女が、俺だけじゃなく、彼女が、」
「彼女はDIOを敵視しているSPW財団職員だぞ。DIOの部下に狙われるのは必然だろう」



昨日の敵は今日の友。つまりその逆もあり得る訳で。

ぐ、と奥歯に力を入れて、俺は無理矢理顔を上げた。なんて、あっけない。あっけなさすぎる。人の命の、なんと脆い事か。


ああ、こんなはずではなかったのに!


「今までもお前を殺そうとする刺客は来ていたが、ついにスタンド使いを送り込んできたようだ。もっとも、ジョースターを相手取るに手いっぱいらしい・・・相手は11歳のガキだ」
「そんな、バカな事が・・・」
「ジョンガリ・A。銃とスタンドを使って攻撃してくる奴だと調べはついている」



嘘をつくな!
ガン、と思わず壁を殴ってギャングの男を睨みつける。11歳、11歳だって?そんな子供があんなに簡単に人の命を奪うなんて!ああきれいごとだと、分かってはいるけれど。思わずにはいられないんだ。だって、初めて見た。いや、初めてじゃないのかもしれない。だからこんなに、拒絶反応のように、命に対して過敏なのか。

はあ、はあ、と息が上がって、肩が上下して眩暈がひどい。せっかくハルノが助かったというのに、こんな。それに、俺はもうあの子の元に戻る事は出来なくなった!俺はDIOの裏切り者として一生奴らに命を狙われるだろう。もう全世界に散らばるDIOの部下に俺の事は伝わってしまったに違いない。裏切り者には死を。そんな事はよく考えれば当然の事だったのに、俺は一体どうしてハルノの元に戻れると思ったのか!

ああ、なんて愚かなのか。

はっと自分を嘲笑いたい衝動に駆られながら、俺は言葉を投げやりに吐き出した。本当は、彼女がどうなったのか、心では理解していたのに。



「なら、さっさと彼女を助けに行かなきゃ・・・まだ間に合うかもしれないだろ!」
「もう間に合わん。致命傷だ」
「そんなの見てみなきゃ分からない・・・」
「いいや、分かるね。本当は君も良くわかっているはずだ。それとも何かね、君のスタンドで魂があの世に行く前に捕えでもする気かね」
「・・・なんで、知っている・・・」
「前に言っただろう、私たちの情報網に引っかからないものなどないのだ、とね」



バン、と目の前のドアがはじけ飛ぶ。
飛んできた欠片をゲル化させて床に落とし、その場から距離を取った後、俺はゆっくりと男を見た。

俺のスタンドは俺がスタンド使いでなくなった時、別の能力を発揮する。
ゲル化の能力がなくなる代わりに、彷徨う魂を捉え、この世に留まらせる能力を得る。

反魂のスタンドというのは言い過ぎだろうか。だが、魂を扱うスタンドはテレンスやテレンス弟などを筆頭にいるにはいるけれど、死んだ者の魂を扱えるのはおそらく俺だけだろう。逆に言えば、おそらく俺には生者の魂は扱えない。

ジョナサンの事があったからもうこのスタンド能力は使いたくないと思っていたけれど、彼女はジョナサンのように俺の盾になんてなったりはしないだろう。思ったよりもトラウマなのだ。俺の為に、誰かが犠牲になるというのは。

俺のスタンド能力を知っているコイツの前ならば、もう目の前でやっても構わないだろうか。
彼女の魂に手を伸ばす事を、やっても構わないだろうか。

そう思って頭に手をかけた時、男が俺にストップをかけた。なんだ、何だよ!早くしないとまずいだろ!捕える事は出来るかもしれないが、体の方に戻せるかは分からないんだ!邪魔をするな!と声を荒げるも、それは男に羽交い絞めにされて終わる。くそ・・・。



「ゲル化が使えなくなる前に、体内から矢を出して私に渡してくれ。それが取引だっただろう」
「それを渡したら、取引は成立してお前は俺の前からいなくなるだろ!今の状況で、それは困る!」
「いいや、矢を渡しても私は君の前からいなくならない。おそらく私も狙われているだろう。一人より二人の方がいいと、サルでも分かる事を私がすると思うかね?」
「・・・」



パンと、また弾丸が飛んでくる。まだ未熟なのだろうそれは、俺達の2メートル先の床を抉った。けれど、着実に近づいているのも確か。俺に物理攻撃は効かないけれど、あの弾はスタンド攻撃だ。スタンドは、何が起こるかわからない。それはわかってはいるけれど!



「だがお前は俺を殺せはしないだろ!」



傲慢で、考えなし。

投げやりになっていたともいえる。

俺はその男の言葉を無視して頭を振りかぶり、そして床にDISCを飛ばした。

今重要なのは、彼女の魂をこの世に留めることだ。
この力を使ったのは、俺が死にかけた時、しかも一回しか使ったことがないから上手くできるかはわからないけれど。もう自分のせいで誰かだ死ぬのなんて嫌だから。誰かの魂を背負うなんて、俺には重すぎるから。きっと耐えられないから。



お願いだジョナサン、俺に力を貸してくれ。



そう願いながら俺は、とっさに感じた、今にも浮遊していきそうな何かを掴んで、それをぐっと自分の方へ引き寄せた。

ぶわり、と少し力が抜けて、そしてまたそれが戻ってくる感覚。
瞼の裏には何故か、とても美しいエメラルドの雨が空から降っていて、そしてそこにはDIOが嬉しそうにしているのが写っている。綺麗で、美しくて、けれど残酷な風景に、俺はたまらず息を飲んで、そして再び目を開けた時―――――。



―――――俺の目の前には、腹に大きな穴をあけた、花京院典明が立っていた。





窓の外はエメラルドの雨





(どうして)


[ prev / top / next ]