■ 46.The burden is off my shoulders.

とてつもない長い逡巡の後、男はゆっくりと口を開いた。



「このDIOの館でSPW財団が保護した女性で、もう自国に帰っている女性を全て教えて欲しい」



相変わらず目の前の男の考えとる事がわからへんけど、約束は約束。せやけど、コイツはもしかしてその女性を皆殺しにするつもりじゃああらへんよなあ・・・と思わず冷や汗をかくほど、それは超がつくほどの個人情報やった。流石にウチでも、それを話す事は阻まれる。その人達を保護する為にSPW財団は彼女らの個人情報を守る義務があるからや。けれど、何でも話すと言ったのもウチ。こいつがあの時こちらに向かって突っ込んでこなかったら、助けられなかったら、ウチらは今頃ホル・ホースの銃弾の餌食になっていたのも確か。ウチ個人が、コイツに貸りたもんは、でかい。せやから。



「それだけで、ええんやな」



「ああ」と男が零した声が重い。こんな重大な事、話すなんて馬鹿やって分かっとる。情報を知られたコイツに逃げられたら、ウチはSPW財団を辞めるどころじゃあすまんのもわかっとる。最悪、守るべき彼女たちに被害が行くっちゅうのもわかっとる。けれど、この状況で、ウチはきっとこの話を断るべきじゃあないんだろう。影崎は殺す気はないかもしれんけど、あの男は多分いつでもウチを殺す気なのだと思う。事実、今のウチは奴のスタンドによってスタンドを無効にされとる。スタンドがないウチが主導権を握り返すんやったら、その突破口はきっと影崎からしか得られへん。
ならば、まだこの甘い男が出ばっとるウチに、最小限の機密の情報漏えいで留めとくが恐らくベターや。真実を伝えた時こそ、そこに隙が生じる筈。
それにもし、ウチがこの情報をもらしたとしても、ウチの所属しとる部署の仲間たちが彼女らを守ってくれるだろう。そうやって、信じとる。



せやから、ウチは今から本当の事を喋る。



話さな、きっと―――。




□■□




「わかった、けれど影崎の隣におる男は席を外してくれへんとなあ。アンタに聞かせる義理はない」と言い切った彼女の言葉で部屋の外に出て行った男を見送った俺は、彼女が話すその情報を聞いていた。緊張しているのかやたらと口が渇いているが、唇を舐める余裕も俺にはない。この質問であっている筈だ。おそらくあの男は、俺がどんな考えを持って判断し、確証を得るかを観察している。何かを試している。だが、今はそんな事はどうでもいい。ようやく確証を得られるのだ。俺が全身全霊をかけた身の程知らずの大きな賭けの結果が、ここにある筈なのだから。いや。



「1月15日、アメリカにアングロサクソン系アメリカ人のメアリー・スミス、アン・ガルシア、シャロット・ウィルソン帰国。イギリスにイングランド人のアボット・バークリー、スコットランド人のイゼット・フラー帰国。日本に汐華秋、鈴木祥子―――」



ここに、確かにあった。
汐華様の名前を聞いた時、俺は無意識に詰めていた息を静かに吐きだした。

・・・ああ、と思わず呻く。
ありとあらゆるものが、今、やっと、俺の肩から大きな音をたてて落ちる音がした。

ビンゴだった。やっぱり汐華様の方はSPW財団に保護されていたのだ。SPW財団の彼女の報告を未だに聞きながら、俺は自分の上に重くのしかかっていた様々なものが、また、次々に落ちていくような音を聞いた。先の見えない不安、裏切り、命の重み。俺が普通に暮らしていたら背負わなかっただろう、重すぎるその荷物から、やっと俺は解放される。

これで、ハルノの無事が確定的になり、やっと、やっと!・・・DIOの手から逃がすことが出来た・・・っ。

苦しかった。辛かった。でも、やっと、確証したのだ。俺がSPW財団に隠して欲しいといったのはハルノの存在だけだったし、日付入り写真にも無理矢理写真に入れさせられたような顔の汐華様の存在が気になっていたから、何かしらあると思っていた。そして今、このSPW財団の女の子が、汐華様が1月15日に日本に帰った事を証明してくれた。写真の日付とも一致している。俺のあの時間稼ぎはおそらく汐華様がSPW財団によって解放されるまでの時間だったのだろうし、ハルノの存在は、彼女の夫か恋人かに預けていた子供とでも言ったのだろう。しばらくはSPW財団の監視がつくだろうが、DIOの子供とばれるとは思わない。その辺はギャングが上手く手を回してくれるだろう。

二つの大きな組織から、別々に情報を得て、擦り合わせ、一致させた。
これがおそらく男が用意した、確証の方法なのだろう。随分と、回りくどい手を使ったなとは思ったが、俺自身が彼の所属するギャング―――パッショーネを信頼していない今、SPW財団の情報を経由させたことで、情報の潔白を証明したのは、流石としか言いようがない。

震える指先を口元にもっていきながら、俺は目を閉じた。
俺が空条承太郎達を殺したとしても、きっとDIOにはハルノを解放する気なんてなかっただろう。
だから、こんなに回り道をしてしまったが・・・これで、やっと。



終わった。
終わったんだ。



そう思った時には、もう俺は身体の震えを抑える事ができなかった。
手で口を押え、こみ上がる嗚咽と涙をのみ込むのに必死だった。



もう、あの子が苦しむ事はないだろう。
もう、あの子が血を見る事もないだろう。
もう、あの子が危険に侵されなくても済むだろう。



「―――これで、ウチが知っとることは全部話したで。満足か?」
「・・・ああ、これ以上ないほど、十分だ」



満足だ。
未だに床に転がる彼女に御礼を言いながら、抑えきれず、声も無くぼたぼたとみっともなく涙を流す男に彼女は何を思うだろう。
情けない男だと、思う事だろう。それで、まったく構わなかった。この込み上がる気持ちを抑えるなんて、今の俺には出来なかったのだから。



「―――・・・っ、・・・」




五つ目の星は昇る




(泣いて、泣いて)(やっと、これであの子の笑顔が守られる)(その未来に、酷く安心した)


[ prev / top / next ]