■ 07.An anemone girl and a poppy boy.
「生まれました、元気な男の子ですよ」
助産師の方の穏やかな笑みを向けられた俺は、彼女の横に眠る小さな小さな赤ん坊をじっと見つめた。
しわくちゃな顔に黒髪。日の光を浴びても、霧散しない健康体。
どう見たってDIOの遺伝要素が皆無なその赤ん坊に心底安堵した俺は、その顔の横に添えられたカードを見て、はて?と首を傾げた。
1985年4月16日誕生。汐華初流乃。
そう書かれたカードにもう一度目を向けるが、その文字は変わることなく、むしろ金ぴかの字体がその存在をいっそう主張している。相変わらず変なところで金をかけてんな、と思いつつも、この喉に小骨が引っかかったような違和感がぬぐえない。
そう、日付が合わないのだ。
俺がこの世界にトリップして来てしまったのは、1984年の2月頃。
それから俺はずっとこのDIOの館で過ごしていた訳だが、俺がここで暮らし始めてから一年どころか半年くらいしか経っていない・・・筈だ。おかしい。毎日昼夜逆転生活だったからとはいえ、ここまで体感時間にズレが生じる訳がない。
何かが、おかしかった。
「なあ、テレンス」
「何ですか影崎。せっかくDIO様のお子様が誕生したというのに、そんな仏頂面をして。これだから貴方は・・・」
「テレンスと俺が初めて会った時って、いつだっけか」
少し空気が冷たくなった感じがして顔を上げると、車に轢かれたような顔をしたテレンスがいた。
ああ、それはいつもか。って、いやいやそうじゃなくて。
ぶんぶんと頭を振って頭をリセットしたあと、頭に次々と浮かぶのは妙な疑問ばかりだった。
ヴァニラと初めて会ったのもいつだったっけ?
・・・・・いや、俺はいつからあんな怖いヴァニラを呼び捨てで呼んでいた?
意識してしまえば、次々と浮かぶ疑問に少し混乱する。
どういうことだ。ボケるにはまだ早くないか俺。
「ついにボケが始まりましたか?」
「いやいやいや。さすがにまだボケてないと思いたい」
俺と同じことを思ったらしいテレンスが、呆れたように溜息をはいた。
彼の特徴的なピアスがそれにともなって揺れて、鈍い光を反射する。
こんな強烈な人間を忘れる訳がない。
「・・・おっかしいなあ」
「おかしいのは貴方の頭ですよ影崎。それともアレですか?貴方は私が信用できないとでも?」
「まさか。俺はこの館の人間すべて信じちゃあいませんよ」
「流石ですね。貴方のそういうところは好きですよ」
弱いところは好きにはなれませんが。
そう言い切ったテレンスに、だろうなあと返事を返す。
「俺もテレンスのギャンブラー気質のところ以外は結構好きだと思うよ」
「いいますね。私の八割方否定してますよ、それ」
「それを言うなら俺だって弱さ八割ですよーだ」
「貴様ら・・・DIO様のご子息の御前で何くだらないことを話しているッ!!」
「げっ」
ピキピキと青筋を浮かべたヴァニラと背後にクリーム様。
助産師の方とその腕に抱かれたままの小さな赤ん坊を連れて部屋を速やかに脱出した俺は、少し開いたドアから顔を出して、テレンスに手を振った。
「じゃあテレンス。あとはヨロシクネ」
「まて逃げるな影崎貴様アアアアァァァァァァァァッ!!」
「テレンス逃げられると思うなよ」
バタンとドアを閉めた俺は、呆然と立ち尽くす助産師さんにさっさとここから移動するように促すと、クスリと彼女は微笑んでいた。
「仲がよろしいんですね」
「いやいやいや!・・・・・・・そう、見えました?」
「ええ。皆様とても楽しそうでしたよ」
やだこの方、超大物。
この館には似合わない可憐な花を背後に大量散布されている助産師さんに、俺は乾いた笑いしか返せなかった。
アネモネガールとポピーボーイ
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