■ 39.A limit of the revision.

ボロボロになった時ほど日常が恋しくなるものなんだなあと、冷たい雨に打たれながら俺は思った。

甘いお菓子に、清潔な服。そして温かい空間。ハルノと見る星空は、宝石箱をぶちまけたかのようにとてもキラキラしていて美しかったっけ。ああ、帰りたい。いや、帰るんだ。あそこへ。

傘もささずにズリズリと身体を引きずる俺の姿を見て、ルクソールの人々が何やら心配してくれたが、俺はそれを全て断って無理矢理足を進めていた。
一刻も早く前へ。舗装されていないガタガタの道を一歩一歩確実に進む為に足に力を入れるが、どうにもふら付いてしまって足元がおぼつかない。ズシャッと酷い音がして、俺はいつの間にか地面に這いつくばっていた。
水分不足が回復したからと言って、空条承太郎に削られきった体力が回復する訳ではない。いつ意識をぶっとばしてもおかしくないくらいのダメージを受けていた俺だったが、まだ意識を飛ばすわけにはいかなかった。俺は泥水を啜ってでも、這ってでも前へ進まなければならないのだから。
ホル・ホースに言われた言葉通り後悔しない様に、這いつくばってでも泥水すすってでも生きてやろうっていう覚悟をしたんだ。
悔いのない様に自分の為に生きてやろうという覚悟をしたんだ。



「はあ・・・はあ・・・」



だから、ベストを尽くすんだ。もうすぐ、もうすぐ約束の場所につく。
よろよろと立ち上がり、道に足を取られながら、俺は待ち望んだ雨に触れながら思った。

俺がしかけた大一番の賭けは、果たして上手くいったのだろうか、と。

俺が戦うかどうかを見張っていたDIOの報告者はうまく握りこめたのか。
物事はうまく運んだのだろうか。
何より、この雨を生み出すアイツを信じて大丈夫だったのかと。

みっともなくボロボロになりながら、集合場所である空き家に倒れ込むようにして入ると、そこには既に男が一人立っていた。蝙蝠傘を持ち、髪を後ろに撫でつけ、前頭部に剃りこみを入れている男がいる。

ああ、いた。
必死に口を開いて声を出すが、出て来た声は酷く弱弱しい掠れた声だった。



「・・・どう、なった?」
「全て上手くいきましたよ」



そうか。と言う声も出せずに、目から何かが一滴零れた。
あつい。あつくて、嬉しさと苦しさがない交ぜになったようなものが、胸の奥からこみあげて来る。まだ確認もなにも出来ていない。けれど―――嬉しかった。



「アレは、まだ貴方の中に?」
「・・・・・ああ、まだ」



中にある。という言葉を続けようとしたのに声にならなかった。
急激に目の前が真っ暗になっていって、そして、体中から力が抜けた。
疲れがピークに来たのだろう。アイツが舌打ちをした音を最後に、俺の意識はぱったりと途切れた。



そりゃあ必死にもなるさ
しなかったら一生後悔する



ぶっ倒れたボロボロの男を老いた男が肩に担ぎ、その場を後にする。
男が外に出た時、その空は先程までの霧雨が嘘のように晴れていた。

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