■ 38.Probability of precipitation of Luxor City is approximately zero percent.

目の前の犬は、構えたナイフを犬へではなく俺自身へ突き立てた事に驚いたようだった。

そりゃ、俺だって自分で自分の舌を噛み切る精神力があればこんな事はやらなかったけどさ、と言い訳をしながら、某吸血鬼の様に傷口から溢れた血液を、しかめっ面を晒しながら啜った。だって痛い、不味い、生臭いの3コンボ。その後も怒涛のヒット数を叩き出すソレに思う事は、吸血鬼の味覚はわからんの言葉に尽きる。主食がこれとかないわー・・・とぼやきながら、俺は次いで回収したスタンドのDISCに触れ、それを頭に戻した。気分的には最悪だが、血液は水、塩、蛋白質の完全栄養食だって何かの漫画で読んだ事は正しかったのだろう、少しだけ使えるようになったスタンド能力を何とか駆使して、俺は自分自身の傷を塞いだ。

そして、何故かどうでもよさげに俺を見る犬と目があった。



「・・・」
「・・・・・イギッ」



駄賃分の仕事はしたぜとばかりに口にしていたチューインガムを吐き出したイギーは、もうその場で欠伸をして眠る態勢をとっている。が、そのナイフをオレに突き立てようってんなら容赦はしないぜ、と宣言するかのようにイギーの背後には大きなスタンドが控えていた。

消耗しきった俺に、こいつは倒せないだろう(まあ万全な状態でも倒せないかもしれないけど、そこは気にしちゃ駄目なとこだ)。
ここで、見逃してくれるというのならありがたい。と、彼らに対して仲間意識が薄い犬を一瞥した後、覚束ない足取りでその場から離れた。

雨が降ってくれたなら一石二鳥なんだけどなあと、天を仰ぐも、無情な青空が広がるばかりだった。



□■□



ポルナレフを幼児化させたアレッシーの野郎を戦闘不能にしたおれは、煙草をふかしたい衝動に駆られながらポルナレフと共に走っていた。おかしい。これはとんでもなくヤバイ奴だぜ、とおれの本能が告げているが、急ぐためにはこの雨にあたらなきゃあならねえ。背に腹は代えられない、という言葉を思い浮かべながら、おれはグッと帽子のつばを引き下げた。先程から後ろでポルナレフが不満げに文句を垂れている。



「おいおい承太郎〜、いくら雨が降ってきたからって急ぎすぎなんじゃあねえのか?せっかくスタンド使いの野郎を倒したばっかなんだからよォ。もっとゆっくり歩こうぜ!ゆっくりよ〜ッ!」



この霧雨を何とも思っていないのか、ポルナレフが頻りに騒いでいる。
そう言えばコイツにはアイツの事を話してなかったな、と何だかんだでおれの隣まで走ってきたポルナレフに顔を向けず口を開いた。



「おめーには言ってなかったが、実はスタンド使いはもう一人いてな。この雨のせいでもう一戦やる羽目になるかもしれねえ」
「ハァッ?!嘘だろ承太郎ッ?!」
「ああ嘘だぜ・・・といいたいところだが、大マジだぜ」



まじかよ!という言葉の後にフランス語で何やら文句を垂れたらしいポルナレフが、「で!」と言葉を続ける。



「話の流れ的に一回は承太郎がぶちのめしたけど、雨でまた復活するってことか?」
「まあそんなところだ。攻撃力はないが、倒すのに苦労するスタンド能力。なにより―――」



おめーの大嫌いな下種野郎だぜ、と言葉を続けようとしたが、それはジジイたちの姿を見たせいで叶わなくなっちまった。正しくは、ジジイとアヴドゥルの足元にいるすまし顔のイギーを見て、だが。



「・・・やれやれだぜ」



このクソ犬が。と地面に吐き出されたチューインガムを見て、そして怪訝な顔を向けて来るボロボロのジジイとアヴドゥルに向けて、思わず呟く。チューインガムを箱ごとやっときゃあよかったぜ。と、思わず舌打ちをした後、これまでの事を説明する為におれは重い口を開いたのだった。



逃した獲物は大きいか、小さいか



(何をてめーはそんなに必死だったんだ、影崎)(随分と後になって、そう思った)

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