■ 36.He is a master of the battles.


「ほんとに・・・容赦がないな」
「ダチをぶっ殺した挙句身体まで奪った奴の為に俺をぶっ殺そうとする、胸糞悪ィゲロ以下の悪にこの俺が容赦すると思うか?」



ラッシュと共に強烈な怒りを孕んだその声を聞いた途端、俺の体中から嫌な汗が噴き出した。
自分の心臓の音と共に俺の頭の中で物凄い音のサイレンが鳴り響く。怒れば攻撃が単調になる?いや違う、こいつは怒れば怒るほど厄介になるタイプの人間だ。ああ・・・これだからジョースター家は!と、今更引くに引けない事態の中で、俺は自分の尻についた火がいっそう激しく燃え上がる幻聴を聞いた。
くそっ、とこの状況を罵りたい言葉を吐きかけた所で、いや、そうではないのではないかと別の声が俺の考えをまとめていく。逆に考えれば、この状況になる事によってどっちつかずな自分と決別せざるを得なくなったのだ。過去の自分との離別。現代社会に生きる俺との離別だ。そう考えると、むしろこの状況には感謝するべきかもしれないと、ジョースター家の面影を残す彼を見て、俺は笑った。
膝ももれなく笑っているけれど、そんな事が気にならないくらい気分がスッと晴れやかで、妙な緊張と高揚感に満たされている感じだった。彼ならば、俺がいくら頑張って戦っても倒れはしないだろう。けれど、彼が俺を倒すのにはそれなりに時間がかかるはずだ。つまり俺さえ倒れなければ、幾らでも時間を稼ぐことが出来る。
その安心感たるや、恐怖と安堵が一体になった奇妙な感覚だった。

俺にとっての最終目標は、彼らを倒す事ではない。
ハルノを守るために、いかに上手く立ち回れるかなのだ。

その為には時間がいる。と俺は青いままの空をバックに立つ彼を見た。
笑った俺を見て妙なヤツだと思ったのか(自分でも妙なヤツだとは思う)、彼のスタープラチナが先程よりも大きいモーションで拳を振りかぶったのを見た俺は、短く息を吸ってからその場から飛びのいた。さっきまでいた場所の地面が抉れて、砂煙が舞う。砂の量は先程よりも遥かに多い。きっと地面の抉れ方もさっきより深いだろう。手で口を覆いながら、うっすら見える相手の影に口を開いた。



「悪いけどさ、空条承太郎。俺はお前が思っているゲロ以下なことはしてないつもりだ。俺には俺の正義がある。結果さえ良ければ、俺は手段を選ばない」
「それがまさしくゲスな悪の考え方だと言ってるんだぜッ!!!影崎ッ!!!」



そう、すべては結果の為に。
雄々しい叫びと共に的確に俺へと向かってきた拳が俺を突き抜け、地面についた瞬間に、俺は地面に手をついて能力を発動させた。
ずぶずぶと地面に沈んでいく空条承太郎とスタープラチナを見て、これからどう動くと問いを投げかける。地面の中では息は出来ない。窒息するしかなくなる。だがこれで再起不能になるジョースターの血統ではないだろう。
だがどう来ようと、俺は倒れないと自分に言い聞かせる。
だって俺は、DIOに負ける訳にはいかないのだから。

ごうごうと熱く燃えている彼の目から目を離さずに、その行く末から目をそらさずにいると不意に彼が口を開いた。



「おれは、こんな所で負ける訳にはいかねぇ」



地面に沈み続けているというのに、真っ直ぐに芯の通った、とても強い言葉だった。

それと共にスタープラチナが雄叫びを上げ、その腕に纏わりついたゲル化した地面の一部が寒天の様にブツンと千切れ始める。・・・なんだこれは。いくつか打破されるパターンを予想していたけれど、こんな事は想定外だった。
何故、千切れる!

空条承太郎は叫ぶ。
俺とやっている事は真逆な筈なのに、彼は俺と同じ事を言う。



「おれがこうして戦っているのは、それがおふくろを救える唯一の道だからだ!他になにも方法がねえからだッ!!!だからおれは・・・おれたちは、こんなところでくたばっちまう訳にはいかねえッ!!!!!」
「イギィ〜〜ッ!!!!!」
「ぐッ」



家族の為に、真っ直ぐ戦うと彼は叫ぶ。
ブツンブツンとゲルが寒天の様に千切れ、崩壊し始め、咆哮と共にスタープラチナが地面から脱出し、俺に向かって拳を繰り出してくる。ゲルに負荷をかけられ過ぎたのか!?なんだこれは!と舌打ちすると共に、ズキリと頭が痛んだ。そして、先程まで自分の能力下にあった地面の砂が俺の、目の前に。



「っ!!!」
「イギッ!!!」



ゲル化した地面、いや砂が俺に向かって襲ってきて、その攻撃を半分くらいながら俺は地面に転がり落ちた。
このイギーという犬のとんでもないスタンドパワーが地面を構成している砂に宿って俺の能力に負荷をかけたのだろうか。わからない。だが・・・なんてスタンドパワーだ。このやる気がない犬が戦闘に参加するなんて誤算すぎる、と砂埃が舞う中で頬を拭ったが、ジャリ、と乾燥しきった塩の結晶が音をたてただけだった。唇もカサカサしていて、舌で舐めても潤う事はなかった。
ゲル化させていた地面もサラサラとした砂に戻って、俺に牙を向けている。



ニヤリ、と空条承太郎が笑った。



「時間をかけて、外で戦ったのはてめーの失策だったな、影崎」



太陽の光を受け続けた俺の操る砂が、流動性をなくしてざらりと崩れ落ちる。
犬の自慢げな鳴き声をBGMに、俺は自分のスタンド像が自主的に戻ってきたのではなく、姿が維持できなくなったから俺の元に戻ってきたのだと悟った。



戦闘の天才は笑う



水分がなければ、俺はゲル化を維持できないらしい。
自分のスタンドの本当の欠点に気づいたのは、まさにこの時だった。


(過程が違うだけで、なぜこんなにも違う)


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