■ 34.His fate is not by chance but inevitable.

ざくり、ざくりと砂を踏む音が三人分。
言わずもがな俺と、マライアと、アレッシーのもので、その内の一つの音が止まった事に気付いた俺は、足を止めて顔をあげた。
砂と共に靡いた赤い布を被った彼女がくるりとコチラを向いて、その緊張した面持ちに、ああ・・・ついに来てしまったんだな、と悟る。



「ここの町に、今回の標的がいるわ」



そうか、と一言呟いた俺は、アレッシーがはしゃいでいるのを無視して軽く下を向いた。
息をゆっくりと吐いて、手を開いたり閉じたりを繰り返す。


若い男が空条承太郎。老いた男がジョセフ。銀髪の男がポルナレフ。褐色の肌の男がアヴドゥル。犬がイギー。という標的の特徴を思い出しながらそれをやめ、は、と息を短く吐き出した俺は、彼らの顔を見ずに、ゆっくりと空を見上げた。



「さァ、行こうかねェ〜〜〜〜。早くしねェと、ここからカイロ行きの列車に乗られちまうからよッ」



そんな声を聴きながら、今の自分には少し眩しすぎる空から、そっと顔をそらす。
暑いし、気分も最悪だ。早く天気が変わってくれればいいのにと思いながら俺は彼らに続いた。




■□■



今回の作戦は三手に分かれて戦おう、らしい。
マライアがジョセフとアヴドゥル。
アレッシーがポルナレフと承太郎。

で、俺がイギーという犬のスタンド使いを担当すると言われたが、うん、ちょっと待て。
まあ人と戦わなくてよかったっちゃあよかったけどちょっと待て。何で皆好き勝手動いて、もうどこにもいないんだよ。フリーダムすぎだろ。駄目だろ。と肩で息をしながら急いで彼らを探すも、もうどこにもおらず・・・まじか・・・はあ。ただでさえ五対三で人数的に不利なのにメンバーはバラバラ、連絡も取れず、仲間が作戦通りに動いているかも分からないなんて、場数を踏んでいない俺でも作戦が失敗する確率が高いことくらい分かった。
冷や汗が止まらない。嫌な未来ばかりが脳裏に浮かんでは、頭を振ってそれをどこかへ振り飛ばした。

ともかく、これでは勝てない。

そう確信した俺は取り敢えず自身のスタンドを出した。外で初めて出す自分のスタンド像は、日の光を受けても透けてはおらず、まるでもう一人の俺がそこにいるようでやっぱり変な感じだ。
俺と姿形がまったく同じそれ―――だが表情はない―――は、物理的な力は弱い分、射程距離は長い。
物理攻撃は効かず、おまけに視界を共有できるそれは攻撃の決定打に欠けるのが最大の短所だが、足止めには持って来いな能力なのはDIOの館で色々と確認済みだ。だから俺は直ぐに自分のスタンド像を操って、俺の標的であるイギーという犬を探させ、足止めをさせる事にした。
砂を操るスタンド使いだったらダメージを受ける心配もない。地面をゲル化させて足止めすれば、かなりの時間を稼げると踏んでの行動は間違っていない筈だ。と不安な自分の心に言い聞かせ、懐からそっとナイフを取り出した。
そう、そうだこれからの事を考えよう。俺自身は誰かと合流し、不意打ちで敵をリタイアさせればいい。外道だと言われようが、今更、綺麗汚い云々を言うつもりはない。要は、ハルノを守れればいいのだ。だから、躊躇はしない。真っ向から立ち向かって、ジョナサンが生かしてくれた命を無駄にする気も俺にはなかったから、これで正しい筈だ。俺の行動は間違っていない筈だ。だって、俺はまだあの子のところへ帰ることを、"完全には"諦めてはならないのだから。(だから俺は賭けに出たのだ。)

そんな事を考えながらマライヤとアレッシーの姿を探していると、瞬間、物凄い音がした。

マライアかアレッシーのどちらかがもう戦っているのだろう。
足を音の方へ向けて急いで走り出す。ぶれる視界では―――スタンドの方は、まだ犬の姿は捉えていない。犬の種類はボストン・テリアで、よくチューインガムを食べているらしい。本当にそんな犬がいるのかよ、いや、それにしても今の音は・・・やった方かやられた方か・・・どっちだ、と色々とごちゃごちゃ考えていたからだろうか。そうすれば見間違えなどするはずもなかったのか。

スタンドではない自分自身の目が、ありえない人物の姿を捉えた。

俺とは違う少し青みがかった黒髪で、目が綺麗で、ハルノの父親で、俺の親友で、俺を助けてくれた、アイツが―――アイツの姿が彼の姿と重なってしまった。



「―――ジョナサンッ!!」



気付いた時にはもう叫んでいた。
アイツが最後に笑った顔は今でも覚えている。まるで、もうやりきったようなそんな顔が、今目の前の顔と重なっている。その顔は彼とは違い、怒気を纏い、そして。



「―――テメー、何者だ」



まるで親の仇を見るように、若い男、つまり彼は―――空条承太郎は青いスタンドを携えて、俺を見ていた。

似ているのは、彼も同じ。
ハルノと同じ、ジョナサンの血縁者だったから。
だからDIOは彼を殺そうとしたのだと、俺はぶれる視界の中、思わず目を細めた。



ああ、なんという必然。
なんという、数奇な運命。



彼の息子を逃がすために、彼の血族を手にかければならないなんて。
(彼の足元には、帽子を咥えたボストン・テリアが一匹いて、すました顔で俺を見ていた。)

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