■ 33,5.I cut off a necessary thing.



心が変われば態度が変わる。

態度が変われば習慣が変わる。

習慣が変われば人格が変わる。

人格が変われば―――――運命が変わる。



「さて、貴方は運命を変える事が出来るのでしょうかね」



蝙蝠傘を差した老人の顔を正面から見た男が小さく、だが力強い声でそれに応えた。



「・・・ああ、必ず」



■□■



「雨が止んだからそろそろ行くわよ」



という声がして、影崎は深くフードをかぶった顔を上げた。
嫌な雨だったネェ〜〜〜とボヤいた男に顔を動かさずに適当な返事をしていた彼は、その前の方をぼおっと見ている。

その男の通り過ぎた視線を感じて、マライアは彼を見、随分と痩せたわね、と心の内でぼやいた。

殺す事を怖れていた男は今、DIO様の敵を殺すべく戦地に向かい、そして戦うのだろう。
日よけ用のフードから見え隠れする彼の顔付きはあのDIOの館で生き生きしていた頃とは違って、ただただ静かだった。ジョースター一行を見つけるためにエジプトを出発して早一週間。ンドゥールが死んだことを聞いた彼女は、その事実を影崎に伝える事をしなかった。その理由は彼女が、これ以上彼のメンタルにダメージを与えてしまったら彼は戦えなくなってしまうと、そう思ったから。

ばかね。影崎。
本当にばかよ。アンタは。

らしくもなく、そう思った彼女はぼやく。
ンドゥールが死んだとしても彼女は動じない。なぜならそれが彼女の世界では普通の事だからだ。けれど、彼は違う。自分たちとは、まだ違うのだ。



「影崎、もう少し食べた方がいいわ」
「・・・んー、ありがとうマライア。でも大丈夫だんぐっ」
「いいから食べろって言ってんのよこのビチグソがぁッッ!途中で倒れたら元も子もないって分かんねぇのッ?!ただでさえ体力がないモヤシ野郎なんだからさっさっと食いなさいよッ!!」
「ふひぃふぁぐえ」



なにやらモゴモゴと叫んだ影崎を無視したマライアが、次々と彼の口に食べ物を詰めていった。パン、果物、豆などを一通り詰められた影崎の顔色は真っ青だったが、飲み込まなかったら飲み込まなかったで彼の顔が物理的に赤く染まりそうだったのを経験上察した彼はスタンドまで使って頑張ったらしい。
そう、まだ違う。と彼を見ながら彼女は自身の考えに耽る。だからこそ、この男は私たちが死んだら悲しんでくれるだろう。甘い男だからこそ断定できる未来に彼女はすがったのだ。自分たちが死んでも、覚えてくれる人がいるという安心感を手に入れたかった、ただそれだけの為に彼女は彼の心配をするのだ。全ては自分の為。私らしいとマライアは一人自嘲する。

だから、本当は連れて来たくなんてなかったのに。

げほげほとむせていた影崎を見ていたもう一人の男、アレッシーが彼の様子に感嘆の声をあげていたのを片手間に聞きながら、らしくもない事を彼女は思い、そして立ち上がった。
その感情が相手を思いやるという事だと教えてくれる友人が、彼女に居なかったのは、良かったのか、それとも悪かったのか。



「すげぇなァ!あれ全部飲み込みやがったよォ〜〜〜ッ」
「ただスタンド能力で吸収しただけでしょ。さ、急がないとまた雨に降られるわ。行きましょう」
「・・・了解です・・・ぐえ」



喉元を抑えた影崎が理不尽だ、やら横暴だ、やら呟いていたのをスルーしてマライアは先陣を切って進んだ。ジョースター一行は確実にDIO様に向かって来ているのだ。呑気に休んでいる暇などない。この想いも必要などない。なにより、冴えないこの男を想っているなど。





必要ないことはいつだって切り捨てて来たのだから。




■□■


人間は定義困難なものに期待もするし同時に不安も抱く。
マライアがお前に人を殺さなくてもいいと言っただろう?殺人は衝動的なものだ。彼女はお前が理性でその衝動を抑えてしまうのを恐れたのだ。だから意識させまいとそんな事を言ったのだろう。まあもっとも、マライアがそれを意識して言ったわけではないと思うがな。

―――まあ、そう構えなくてもいい。俺はお前に何もしない。約束しよう。
ただ、俺たちは孤独だ。孤独は孤独を呼ぶ。俺たちがDIO様に惹かれたように。
俺たちがお前に己と同じ孤独をみたように。(そりゃ、生まれた世界が違ったんだから当然だよな。)

影崎。俺は皆と同じものを見ることは出来ないが、盲目だからこそ、違うものが見れることもある。

俺の眼前には今、とても鮮やかな世界が広がっている。たとえ明るい世界の人間には色褪せた世界に見えようとも、胸を張って誇れる景色が俺には見える。



お前はどうだ。お前にこの世界はどう映る。


(そんなの、わからないよンドゥール)



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