■ 33.when you gaze long into an abyss the abyss also gazes into you.


「なら、せめて肉の芽を俺に入れてくれたっていいですよね」
「ほぅ・・・?貴様が自殺志願者だとは知らなかったなァ?」
「・・・違いますよ。DIO、様も俺を肉の芽で操った方が何かと都合がいいでしょう。なにより肉の芽が入っていれば、俺はあなたを裏切ることはない」



自分でそんな事を言いつつも、ハルノがDIOの側にいる限り裏切るなんて出来ないけれど、と心の中でぼやいた俺は、はあと息を吐いた後クツクツと笑い始めたDIOに顔を向けた。
胃液で喉が気持ち悪いが、このDIOの機嫌の良さも大分キモチワルイ。
盛大に悪役笑いをしたDIOは、WRYYYYYYYと謎の咆哮を上げた後に、何故か瞬間移動をした。
ビチリ、と額にDIOのツメがめり込んでるめり込んでる!!!痛くはないけど、なにがどうなって少し離れた所にいたDIOが俺の目の前に瞬間移動したのか全く分からなかったんだけど、これってもしかしてアヌビス神の時に体験した謎現象が原因かなあと何となく現実逃避気味に思っていたら、そのまま指をぐりぐりやられた。
視覚的に痛いんですけど。おいDIOおい。



「ンッン〜、まだ俺に操られるという逃げ道を探すか影崎。ックックック、ここまで来ると滑稽だなァ?」
「・・・逃げる訳じゃない。ただ俺は、土壇場になって、自分が相手を殺すことを拒むのが怖いんだ。そうしたら約束が守れない。それは・・・困る」
「ならば、それは貴様がそこまでの覚悟しか持っていなかっただけの話じゃあないか影崎・・・逃げる事はこのDIOが許さんッ・・・絶対になッ!!それに肉の芽を入れても裏切る者は出て来る。これから殺される花京院やポルナレフのように」
「・・・」



誰だポルナレフって。と思いながらも、花京院くんが肉の芽から解放されたことを聞けただけでも上出来だ。ボトボトと床に落ちていく血をスタンド能力で吸収しながら、俺は「彼らを殺しに行く前に」と一言声を出した。



「最後に、ハルノに会わせてはくれないでしょうか」



フンと鼻を鳴らしたDIOが、俺の額から指を引き抜く。「早くしろ」と言い残したその男は、血の匂いを纏わせたまま暗闇に消えていった。





■□■





「―――なあ、ハルノ」
「?」


ハルノを自分の膝にのせ、揺り籠のようにゆらゆらと身体を揺らしながら、俺はゆっくりと小さな手を握った。ふにふにしていて、爪も小さくて、けれど握り返してくれる力は意外に強い。ああ、本当に大きくなった。なーんて思いながら、背中を丸めてハルノの顔を覗き込んだ。緑色の目に、銀色の星が散っているように見える色がきれいで、まだ穢れを知らない色がたまらなく愛おしい。俺を救ってくれたこの美しい色を、俺は一生忘れないだろうと、柄にもなくそんな事を考えた後に、俺はその目を自分の手のひらで覆った。



「ハルノ、俺はいつでもお前の幸せを願っているよ」



そしてお前はここにいるべきじゃない。と声には出さず、だが口でそう言った後に、手を頬に移動させて、ハルノの額にそっとキスをした。何故か、ぽろぽろと涙を零し始めたハルノの頬を親指でぬぐってやる。つられて泣きそうになったけど、ぐっと我慢した。ハルノの前ではカッコよくありたいという俺の・・・―――としてのなけなしの意地だったりする。ちょっと我慢しきれてないかもしれないけどな!!!ああ、もう、こんなに泣いたら目が腫れちゃうでしょうが・・・まったく、急に泣き出したりして・・・こういうところで、まだ世話がかかるんだから。



「・・・泣くな、男の子だろ?」
「でも、わかんないんです・・・自分でも、なんで泣いてるかわかんない・・・けど、だから」
「あーよしよしよしよし!大丈夫!ほら!俺を見てみろ!こんな弱っちくて、優柔不断で、誰かの策に簡単にハマっちゃうような奴だけど、こんなに笑えてるだろ?だからさ!ハルノにも笑って欲しいな!俺はお前に泣いてほしくなんてないよ」
「・・・今は、むりです」
「いや。今。今だから、笑ってほしいな」



遠くの方で俺を呼ぶ声がするが、無視だ無視。苦笑しながらハルノの顔をじっと見続けていたら、彼は一回俯いた後に、強い目でコチラを向いた。


今までで一番不細工で、不恰好で、涙と鼻水交じりの、だが愛しい、引き攣った苦しそうな笑顔に、俺は今までで一番の満面の笑みを返した。



「いってきます、ハルノ」



いやだ、行かないで。パパ。



微かに聞こえたその言葉を聞かなかったことにして、唇をかみしめた俺は黒い手袋を嵌めて前に進む。
少し怯えた、だが心配そうな顔を俺に向けていた汐華様にひとつ深いお辞儀をした俺は、重い足を引きずって明るい部屋から出た。



深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いている



通路を抜けた所に見えた正面の階段上にDIOの姿が見えて、俺は息を吐く。
そのままその暗闇に足を踏み入れ、そして俺は自分で背後の扉をゆっくりと閉めた。





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