■ 29,5.Nothing makes sense in this world.

DIO様の館では割と頻繁に諍いが起きる。
それは唯の喧嘩だったり、牽制の意味を込めたものだったり、趣味だったりするのだけれど、中には下剋上を成すための戦いもあったりする。

自分の地位を確固たるものにしたい雇われた殺し屋などがこの下剋上の戦いをすることは多々あったが、スタンド使いがそのような戦いに身を投じる事はなかった。というよりも、する必要がないのだ。何故なら彼らはスタンド使いというだけでDIO様に認められ、地位もある程度保障されている上になによりスタンド使い達は自身の能力をひけらかすことを嫌う。それに、スタンド使いに挑んでいった者は悉く消されていった。故にスタンド使いではない私たちは彼らに戦いを挑まない。挑まない、筈だった。

そんなある時、DIO様の館でスタンド使い同士・・・しかも下剋上の争い事が起きたと聞いた時、私は大いに驚いた。

それも争い事を好むJ・ガイルやラバーソールではなく、あの見るからに争い事が嫌いそうな影崎が派手に暴れたというのだ。
普通の見た目に反してDIO様の部下の中では古株である筈のあの男が、館の壁を抉り、壊し、DIO様のご友人であらせられるプッチ様を倒したという話を聞いた時は何の冗談かと思ったが、火のない所に煙は立たぬと言う。

きっと本当にやったのだろう。

どのような経緯でそのようになったのかは知らないが、見るからに弱そうなあの男ならば簡単に殺せるのではないか、誰かがそう言った。

地位が欲しい。金が欲しい。名声が欲しい。女が欲しい。

―――あの男を殺せばそれが手に入りますよ。

誰かがまたそう言った。
誰が言ったのかはもう問題ではない。

噂は瞬く間に広がり、彼が欲望に忠実な輩の殺しの対象となるのはそう時間もかからなかった。
何より影崎は挑んできたものを殺さない。ノーリスクハイリターンです。
また誰かがそう言った。

奴を殺すなら今だ。

そんな獲物を彼らが見逃すはずがなかった。



かく言う私もその端くれなのだが、と机に突っ伏す男に銃を突き付けながらひとりごちる。
本当にこの男があのプッチ様と戦ったとしてもプッチ様はまだ若い。
それに、殺し屋でもない。
影崎という男が何を思ってプッチ様と戦ったのかは知らないが、それは即ち殺されるだけの要素をあの男が持っているという事だ。
そもそも善人など、この屋敷にはいない。だから私はこの館に入る時は酷く安心する。
同じ穴の貉の殺しだったら、心だって痛まない。

私だって、金が欲しいのだ。安寧が欲しいのだ。だから私はここにいる。
故郷に残してきた家族を想いながら、私は息を殺し、そっと手を動かした。



「(―――ああ、こんなに簡単に後ろを取れて簡単に殺せるなんて幹部、そういない)」



待っていてね、マザー。
もうすぐ、まとまったお金が手に入るから。

思わず口が弧を描くのを自覚しながら、その引き金を引く。

パァン、と軽い音。
あっけなく人の命を奪うこの音が私は大好きだ。

なのに。ああやはり世の中そんなうまい話はない訳で。
あの男なら簡単に殺せると思っていた私はどうやら愚かだったようだ。



「・・・勘弁してくれよ。俺、今疲れてるんだ」



頭に鉛玉をぶちこんでやった筈なのに、男は起きあがって憔悴した顔でこちらを見ていた。まるでこんな事気にしていないとでもいう様な男の雰囲気に、拍子抜けする。
ふらふらと立ち上がった男は動けない私の横をすり抜けた後、私の背中を軽く叩き、またどこかへ行ってしまった。



次、こんなことしたら五体満足だと思うな。



それくらいの言葉は浴びせられるかと思っていたのに。
いやそもそも、殺しの対象にこう思う事自体が異常なのだ。

普通は殺されるか殺すかの二択。なのに、この私が。

私は独り、いつの間にか詰めていた息を吐き、目に手をあてた。
甘い、甘すぎる。ようやくここに来て非情になりきれたと思ったのに、神はなぜ私にこの
道を選ばせたのか。



あんな甘い男がこんなところで生きられるのなら、もしかして私はまだ非情にならなくてもいいんじゃあないかって、そんな風に思ってしまうなんて。

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