■ 29.It is importance of life.

いくら自分の居場所を求めても、それは仮初のものでしかない。
だから、この場所で、世界で、俺の本当の居場所はないんだろうって、他人事のようにそう思っていた。

けど、それは間違いだったのかもしれない。
本心ではずっと。



「(・・・ジョナサン)」



もう今は消えてしまった友人がいた場所をぼんやりと眺めながら、しばらく動けずにいた俺の身体は、驚くべきことに健康そのものといった感じだった。
肉の芽とやらの違和感もないし、痛みもない。傷もない。
血が足りない様子もなくて、頭も随分とスッキリとしている。けれど、俺はやっぱりその場から動けなくて、どうしたらいいか分からなくて、取り敢えずゆっくりと息を吐き出した。

本当に、一度にいろいろな事が起こりすぎてどうすればいいか分からない。
自分の血で巨大な血だまりが出来ている事だとか、プッチが気絶しているとこだとか、いざ現状を冷静に見てみるとよく俺生きてたなの一言に尽きるが、俺が生きているのは十中八九ジョナサンのおかげだ。その彼は今、この場にいない。

自分の血が乾いてぱりぱりと頬から落ちるくらいずっとジッとしていたが、いつまでもこうしてる訳にはいかないよなあと思わず息を吐き出した所で、ざり、と小さな音がした。視線を上げると、目があったのは見慣れた美しい緑色の目。
その目のなかには、服を真っ赤に染めた俺の酷い顔が写っていた。



「ぱぱ、あかく、ない・・・?」
「ああ」



そんな会話をしたのが随分昔の様に感じられる。
ハルノが、息を飲んだのが分かった。

肌と服が血でくっついて気持ち悪い。髪についた血が固まって妙に髪がぱさぱさしている。
それに気がついて、赤くないどころじゃなくて俺自身が真っ赤だな、と自嘲気味の笑みを零さずにはいられなかった。
頭を振る。友人を失った。この子の親を、失わせてしまった。



そして今度は、この子も俺から離れていく。



そう思ったら、もうハルノを正面から見ていられなくなった。
汐華様に怖がられるより、DIO、ひいてはヴァニラやテレンスに見捨てられるより、ハルノに拒絶の目を向けられる事がなによりも恐ろしい。

初めて俺をぱぱと呼んでくれた時、たまらなく嬉しかった。
そこからどんどんこの子が大切になっていって、いつしか、この子の事ばかりを考えるようになった。

なのに、過ちを犯したと気づいた時にはもう遅い。きっとハルノは俺から離れていってしまう。
状況から見れば、俺は血だらけで、プッチも血だらけで、俺はピンピンしてるのに彼はピクリとも動かないのだから、誤解するのには事欠かない。

ああ、と暗い視界の中でぐるぐると頭をめぐるのは幸せな記憶と後悔。

そういえばさっきの彼の言葉通りジョナサンも俺と出会う前はずっと一人ぼっちだったんだよなあと思うと彼が如何に強い精神を持っていたかがよく分かる。そしてジョナサンの事を想いだしてしまって、また少し目が潤んだ。

ハルノ、と声にならずに口を開いて、いつまでも来ない拒絶に、するなら早くしろと急かしてみるけれども、返事はない。動く気配もない。
仕方なく、恐る恐る目を開けた時、俺の目はまた潤んだ。さっきとは違う意味で。

今度は声が出たけど、柄にもなく震えているのが分かった。
ハルノの背中が、こちらに向けられていて、その手には元は石壁だった鋭い欠片が握られていた。その先には倒れたプッチがいて、それはまるで俺を守る様に彼はそこにいたのだ。震える小さな背中を見て、思う。

ずっと、守っていたと思っていた。
けれど、本当に守られていたのは俺の方だったんだなと理解して、俺はその小さな子の背に腕を回して、ぎゅっと抱きしめた。



「もういいよ・・・もう大丈夫だから」



ずっと救われていた。そしてまた、この子は俺を救ってくれている。
ハルノの両目から無言で溢れる涙につられそうになりながら、ぎゅうぎゅうと抱き付いてくる温もりを大切に大切にそっと抱える。

ふわりとハルノに帯びていた波紋が途切れて、ジョナサンが彼らを守るために与えた波紋の効力が無くなった事を感じた俺は、俺のスタンドのDISCを拾いつつ、その場を後にした。きっとジョナサンは汐華様にも波紋を施したに違いないから、それが切れた今、彼女に会いにいかなくてはまだまだ危険だ。プッチの言ったことが本当かはまだ分からないが、慌ててこちらに来たテレンスの顔を見れば、プッチの言ったことはおそらく嘘だったと分かる。

長く、大変な一日だった。

俺はまたくっついてくるハルノを抱えなおしながら、ゆっくりと息を吸った。



生まれた時はこんなに軽くて大丈夫かと思ったその子は、もう随分と重い。




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