■ 27.Never hurry, never worry, and you will be yourself.

無駄なプライドは戦場に置いては死を意味する。

俺の姿がプリントされたDISCを遠目に眺めながら、あの旅の中でホル・ホースに何度も言われた事を何故か俺はこんな時だというのに考えていた。いや、今だからこそか、とぼんやりとした視界の先にいるジョナサン・ジョースターの姿を見上げる。



「なんで、ここにいるんだって顔してるね」
「・・・そりゃ、こっちには来れないって言っ、てたのは他でもないお前だろ・・・」



たどたどしく、息を詰まらせながらヒューヒューと鳴る喉を押さえる。
痛い。身体中がとても痛いのに、何故か少し、ほんの少しだけだが、久しぶりに生きた心地がして嬉しかった。いや、とはいってもMじゃないからね俺。と誰に言う訳でもなく心の中で言ってみるが、俺の心が読めるのか、ジョナサンはプッチから目を離さないまま肩を竦めるという器用な事をしていた。おい。笑うなって。



「ここに僕がいるのは君のスタンド能力のおかげだ。スタンド能力なら、僕は縛られない。矢のせいで付加した君のレクイエムの能力は、『器のない魂をスタンド体の中に留まらせる能力』。発動条件は、スタンドが君の支配下から離れた時・・・つまり影崎がスタンド能力者じゃあなくなった今みたいな時だ。僕はこうなって欲しかった反面、こうなって欲しくなかった気持ちもあるから少し複雑な気持ちだけど、これだけは言わせて欲しい」
「レクイエム・・・、矢?・・・てか、何」



スタンドが俺の支配下にないって事は、プッチの能力はスタンド能力を奪う能力って事か?ということは今の俺にオートゲル化能力がないということで、それで体中が痛いのかと半分痛みが麻痺してきた頭を必死に上げると、大きな温かい手が俺の頭の上に乗せられた。痛みとか痛みとかのせいで言葉がそっけなく聞こえるかもしれないが、現代日本人の痛み耐性を考えるとよくもってる方だと思うと勝手に自己弁護する。これがテレンスとかヴァニラだったら普通に立ったまま不敵に相手を挑発する事まで出来るんだろうなとぼんやり思いながら、口の端が少し上がった。
そういえば今まで考えたことがなかったけれど、今の俺の事をヴァニラとテレンスはどう思っているのだろうか。人を殺せない腰抜けか、DIOに忠誠を誓っていない中途半端者か、でもそれでも今までずっと何だかんだで一緒にいてくれたのは彼らだった。
最初はお互い一線も二線も引いて相手をしていた筈だったのに、いつの間にか俺はそのラインを自分で超えてしまったらしい。相手は人殺しだぞ、という言い訳もいつの間にかしなくなって、考えなくなった。適応するっていう事はこういう事なのかもしれないけれど、では、今まで日本で暮らしていた俺には、もう。



「巻き込んで、ごめん」



戻れないんじゃないか。

そんな風に考えていた時のジョナサンの言葉だったから、そんな自分の考えが案外ストンと胸の中に落ちた。後戻りはもう出来ないと知っていた筈なのに、自分はあちら側の人間だからと安心するために思い込んでいたが何のことはない。巻き込まれた。確かにそうだろう。でも、もう俺は随分昔からこちら側の人間になることを選んでいたのだと、そう認識して、息を吸った。



「随分君が苦しんで、頑張っていたのを僕は一方的にだけど知ってる」
「・・・がんばったのは俺じゃない。俺は何もがんばってなんかいなかった。ただ、逃げていただけだったって、今振り返ると思うよ」
「・・・そうかな。じゃあ頑張ったか、頑張ってないかは別として、逃げる事は立派な戦術の一つだよ。それに、こっちの世界とあっちの世界じゃああまりにも価値観が違い過ぎた。二つの世界の考えを持つっていうのは無理な話だと僕は思う。そんな風に頭に矛盾を抱え続ければ、誰だっていかれてしまうよ。だから消したんだろう。影崎」



自分の記憶を。
そう言われて、そうなのかと他人事のように思ってしまうのはやはり実感がないからだ。
てか、自分で消したのか。そういえばさっきプッチがそんな事を言っていたような気もしないでもないけれど、正直さっきまでの間の話は自分の中で話の展開が早すぎて理解できてなかった部分が大多数。いやでも、ジョナサンが言うならそうなんだろうけれど、俺はてっきりアヌビス神かこのワーム的な奴に消されたのかと思っていたけど、自分の自己防衛機能が働いて記憶がすっぱ抜けたのなら、何となく頷ける。それが一番、自然だ。あの半年の間に俺という存在自体が揺らぐような何かが起きたのだろう。だから消した。なるほど。



「・・・そうだ、あの虫的な奴とか・・・あとプッチ・・・」
「彼ならもうそこでのびてるよ。多分まったく戦いなれてないんだろうね。スタンドもまだまだ発展途上って感じだし、僕には彼の攻撃が効かなかったみたいだから」



まあ僕は人間じゃないから効かないだろうね、と朗らかに笑うジョナサン。
流石歴戦猛者のジョナサン。俺が完全に負けようとしてた奴に一発KOをお見舞いしてるジョナサンさんまじ強い。自分が戦わなきゃいけない境遇になると改めて彼のすごさを思い知らされる。そしてそれ以外の強さも。
伊達に100年も現世彷徨ってないってか、とじゃあ虫はと言えば、波紋で焼いたらしい。道理でさっきから視界に虫がチラつかない筈だと俺が少し笑うと、彼は少し寂しそうに微笑んだ。



「・・・変わったね。いい意味でも悪い意味でも。昔はそんな風には笑わなかった」
「昔って言っても数年だろ。まあ、でも変わっただろうなあ・・・ちょっと価値観が変わった気がする」
「でも根本は一緒かな。記憶を飛ばしたのはそのいい証拠じゃあないのかい?」
「いいのか悪いのか自分じゃ分からん・・・」
「いいんだよ。影崎はそれで」



妙にきっぱり言うもんだから、ジョナサンの正面を見て、お互い同時に噴き出した。
前と同じように一緒に笑って、でもその時とは状況は全く違って、でもこうやって話せている。その幸せを、今俺はしっかりと噛みしめている。忘れてしまった記憶は、俺にはキャパオーバーだったから忘れる事にしたのだろう。そのうち、思い出す事が出来るだろうか。今の俺に受け止めきれないことをしたという事は、多分・・・まあある程度何をしたのか予測は出来ている。怖くないと言えば嘘になるけれど、でもそのうちは思い出すだろう。思い出さなければならないだろう。なあ、そうだよなハルノ。





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