■ 24.Blood relatives awake power.

その時、まるで世界が止まったかのように、俺の体が、アヌビス神が、ピクリとも動かなくなった。


「(どういうことだ・・・?)」


口を開こうとしてもそれすら叶わなくて、俺の目の前にはただ刀を構えるハルノがいるだけだ。
ましてや俺や彼だけじゃない。世界そのものが、動いていない。

明らかに異常な状況だ。
絶対スタンド攻撃で、しかも確実に俺の目の前にいるアヌビス神の仕業じゃないって分かっているのに、だけどこの異常事態に、俺の頭は急激に冷やされていった。
いかん、いかん。焦ったり、怒ったりして状況判断を怠ると、それは即ち死に繋がる・・・ってそうホル・ホースに教えてもらったじゃないか俺。

そうだ冷静になるんだ。いったん冷静になろう、と思いつつも、俺の中に燻るこの気持ちはなかなか晴れてくれないから困る。
深呼吸しようと思っても、首はおろか眼球さえ動かないこの状況では無理だと気づいて、俺は心の中で思わず溜息をはいた。そして苦笑する。
いよいよ溜息癖が板についてきちゃったよあーやだやだ、といつも通りの調子を取り戻しかけた時に、止まっていた世界が動き出した。
何秒止まっていたかなんて分からない。けど長かったようにも感じられたし、とてつもなく短かったようにも思える。
時間という概念が通用しないような、そんな空間。そして俺なんかが関われないような次元の力である事を、何故か俺は直感していた。



「・・・今のは、お前の仕業じゃないんだよな?」
「何を言っている影崎。ついに息子を取られてオカしくなったかァ?」



アッハハハハハとハルノの姿で高笑いするアヌビス神にイラっとしつつも、どうも様子がおかしいと俺は再度アヌビス神を見る。
念のために確認したけれど、こいつは分かっていない。・・・間違いない、コイツは今何が起こったのかすら気づいていない。
俺も厳密には分かってないけれど、でもコイツは認識すらできていないのだ。
この違いは俺が異世界から来た外部の人間だからか、矢を保持しているからか、はたまた別の原因があるからかは分からないが、汐華様の様子から見ても分かる様に、今の現象は俺にしか認識できてなかった様に思える。

これは・・・どういうことだろう、と首を傾げたところで、目の前のアヌビス神の笑いが不自然に止まり、それがうめき声に変わった。

そして、どくん、と何かに呼応するように、ハルノの身体が跳ねる。
苦しそうではない、けれど、その目の色が一瞬青く見えて、心臓の拍動のように時折ハルノの髪に金が波打つ。
冷えていた頭がまた急速に熱を帯びていく感じがしたが、それを止めるなんて事を俺にできはしなかった。



「アヌビス、てめえッ!!」
「違うッ!!オレじゃあないッ!!こいつの・・・この感じは・・・まるでDIO様の・・・ッ!!く、・・・なぜ、お前ごときの息子が・・・こんな圧倒的な・・・ッ」
「DIO・・・様?」



もしかしてコイツはハルノの事を、俺の本当の息子だと、俺が彼の肉親だと勘違いしてるんじゃないだろうか。
DIOの、アヌビス神自身が忠誠を誓ったDIOの息子だと知らないから、だからこんな事をしているとしたら。

もしかして、突破口はそこにあるんじゃないか。

そう思った瞬間、アヌビス神の刀剣が何かに弾かれた様に宙に舞い、それがクルクルと弧を描いて床の上で伸びている男の背中に突き刺さった。
地面で拘束したままの男がもがき、苦しんでいる。というか多分アヌビス神が苦しんでいる。ざまあ。

とまあ、こんな風に思うくらいの余裕が俺にも出来始めたのだが、先程のハルノの様子が頭からこびりついて離れなかった。
一瞬だったけれど、何かスタンドのようなものが見えた気がしたのだ。
今はもう、金髪も碧眼も見えやしないけれど、でも確かに何かに呼応するように、彼の中の力が膨れ上がったように感じられた。

それはまるで、あの夢のように。
DIOの様な金髪を携えた彼を、確かに俺は一瞬垣間見たのだ。

それが、たまらなく怖かった。
彼がもし吸血鬼になってしまったら、スタンド使いになってしまったら、DIOの息子であるハルノに平和な世界を選ぶ決定権がなくなってしまうのだから。

選ぶ権利はハルノ自身にある。
でも、彼はまだ子供だ。
それまでは、周りが、彼を守らなくてはならない。
そしてハルノの今の、そしてこれからの平穏を俺は望んでいるから。


「ハルノ・・・様。大丈夫ですか。・・・家族ごっこはもう終わりです。ですから、俺のことはいつものように影崎とお呼び下さいね」
「パパ・・・?」
「な、何を言っている影崎・・・そいつは・・・まさかその方は・・・ッ」
「そうだ。まさか知らなかったと言い訳するのか?お前が忠誠を誓ったDIO様の息子に逆らった・・・つまりはDIO様に反逆したのだと、俺はみなしたのだが・・・まさかあのアヌビス神がなぁ・・・残念だよ」



だから、ごめんな。お前の事を利用してしまうよ、と口に出せない謝罪をハルノに向けて、アヌビス神を見据える。

ニンマリと笑って言ってやれば、それだけで形勢逆転をするには十分だった。
ここで怖気づいたり、ちょっとでも舐められたら駄目だアウトだ。がんばれ俺。まじがんばれ。
そう自分を叱咤して、精一杯残念そうに、余裕がある様に笑みを浮かべる事が苦痛でしかないんですが、まあこれはもうしょうがない。
スイーツ系男子がいきなりビターなニヒル系男子になれる訳がないんだよ!と心の中ではチキンオンパレードな愚痴を零しながら、ハルノと汐華様のいる地面をゲル化させて下の階の部屋まで落とし、俺のスタンド像を一緒に置いて置く。
これで何かあったとしても対処しやすいだろう。
俺だって、すこーしくらい成長するんだから。と誰にいう訳でもなく胸の中で呟いて、さてアヌビス神、と声を出した。



「これは独り言なんだけど、もし俺の問う事に全て答えてくれたら今回の事をDIO様に報告するのをやめてやると言ったら、アヌビス神はどうするかな」



利用出来る事はなんでも利用しなければ、ここでは生きていけない。
でも、そうやって利用したり、されたりの関係程、空しいものはない。

それでも必要ならば、手段はもう、選ばないけれど。




血のつながりは力を呼び覚ます。





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