■ 23.It returns to the beginning.


「取引?」
「そうだ。俺はお前の能力だけは高く評価している。故にお前の力が欲しい。そしてお前は俺の持っている情報が欲しい。どうだ・・・等価交換といこうじゃあないか」
「等価交換?・・・、脅しの間違いだろ」



ぎちりと歯が鳴る。
ハルノの身体を乗っ取ってそんな事をほざく奴に吐き気がした。アヌビス神このやろう。



□■□



こうなった事の始まりは今から少しばかりの時間を遡る。

自身の半年以上にものぼる記憶の欠落はアヌビス神が関与していると見た俺は、アヌビス神を探していた。
といっても、目星がある訳でもなくただ屋敷内のあらゆる場所を探索していただけだったのだけれど、そんな時声が聞こえたのだ。



「―――たすけてッ」



他でもない、汐華様の声が。

何かがおかしいと思う間もなく、俺は走り出していて、気が付いた時には刀を持った見知らぬ男が汐華様に刀を振り下ろそうとしていたところだった。
あまりにも非現実的(DIOの館にいる俺がいうのもなんだが)な光景に頭が真っ白になっていて、スタンドがどうとか配慮などしている暇もなかったもんだから、俺は気が付いた時には思いっきり彼女を突き飛ばしていた。



「痛いィィィッ!ちょっと少しは丁寧に扱いなさ・・・ぇ・・・?」
「緊急事態なんですからちょっとは妥協してください!!それよりも怪我はないですか」



そう言いつつも、俺の目線は男を捉えたままで、すぐさま男の立っていた地面をゲル化させて奴の身を拘束する。
刀が俺の肩辺りに陥没したけど、まあ結果オーライじゃないかな。よかったよかった。と安堵したところで俺は本当に大丈夫ですかと彼女に声をかけようとしたところで。



「・・・ヒィッ」



怯えた声をあげられた。
よく見れば俺の肩には刀が突き刺さったままである。
ついでにゲル化もしているので、全体的にプルンプルン。
うっわーしまったわーまじしまったわーと思いつつも、問答無用で彼女にはここからご退室頂こうと思ったところで、後ろから物音が聞こえた。ガタガタと少し身じろいだ音がした後に、黒い艶やかな髪が覗き出る。



「ぱぱ!!」



そういってカーテン裏に隠れていたらしいハルノが俺に向かって飛びこんで来たのでそのまま受け止めた。
太陽の香りがふわりとして、とてもあたたかい。うーん流石天使!その笑顔プライスレス。
因みに既に俺はプルプルしてない状態だったので、ハルノが来てもなんのそのだ。

さて、とハルノをそっと腕から話した俺はその場から立ち上がる。
ここは危ないからさっさと移動してしまおうかとハルノの頭を撫でながら汐華様に提案と言う名の強行突破をしようとしたところで、彼女が小さな声をあげた。



「・・・こっちに来ないでッ!!いやよ!!だれか!!テレンスッ!!ヴァニラッ!!だれでもいいわッ!!だれか来て・・・ッ!」



彼女が床に落ちていた刀を俺に向けていた。
錯乱状態の汐華様を見て、ハルノの頭にはクエスチョンマークが浮かんでいる。
いや、俺より今呼んだ方々の方がよっぽど怖いですよと、思えるくらいには俺の頭はまだしっかりしていたが、肝心な部分が働いているかと問われれば答えはNOだ。彼女の反応は普通だっていうのに。

…。確かに目の前で知り合いがプルンプルンになって平然としてたら、誰だってこうなる。
俺だってこうなる。でも、いざこういう反応をされると流石にショックだって事を今知ったよ・・・。



「母さん・・・?助けてもらったのに、なんでおびえてるんですか?」
「そうよ・・・ええ・・・ええ。そう・・・」
「・・・母さん?」



ああ、こんなにこたえるものだったなんて今まで知らなかった。
・・・ちょっと・・・いや意地張らずに言おう・・・大分へこむ。

そして、ここでうじうじと少しへこんでいたのが悪かった。
俺が全面的に悪かった。彼女の異変にもっと気を配っていればよかったと俺は後悔することになる。ついでに、彼女の周りに誰もついていなかった意味とその真意をも。



「・・・ハルノの方がいい?フフフ、物好きなのねアヌビス神」



ゆらりと立ち上がった汐華様の目が、いつもと違う。
そしてその単語。

アヌビス神。

それは俺が今最も会いたい奴ではあったけれど、これじゃああんまりだ。
彼女の虚ろで据わっている目が捉えているその先は俺ではない。
その先 に は。



「ッ、アヌビスおまえ、まさか…」
「フハハハハッ!!イイところで会ったなァ!影崎ッ!!」




俺のスタンドより僅かに早く、アヌビス神の刀身がハルノに触れる。
頬に一筋だけ垂れたハルノの血に、頭の中が真っ赤に染まった。





そして冒頭へ戻る。




ぱたりと彼女の身体がその場に崩れ落ちて、後には小さな少年だけが残った。

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