■  セパンナコッタ・ストーリア-2

「どっちつかずってのは、苦しいだろう」



僕の話を聞き終わった男―――影崎はどこか遠くを見ながらそう言った。
黒髪黒目。上質だがどこか着古した感のあるモノトーン調の服を着た東洋人の男は、ふうと息をはき出した後僕の目を見る。

よく分からない男だ。

この町にいる癖にイタリア語が一切話せなくて、話せる英語も古典的なクイーンズ・イングリッシュ。
間違いなく僕のように更正不能な人殺しの目はしてない癖に、どこかほの暗い部分も持ち合わせている自称一般人。
人を殺したことがないというのは事実だろうけれど、死は見慣れているといった印象。

ざっと分析してみたが、多分間違っていないだろう。
彼は限りなくコチラ側に近い向こう側の人間。それも、ぽんと背中を押せば一気にコチラ側に来てしまうような危うさもある。
だが、それを踏みとどまさせている確かなものも持っている。
そして先ほどの一件から推測するに、かなり強力なスタンド能力持ちだが、僕のパープル・ヘイズとは多分最も相性が悪い特殊タイプの能力者。

そのことが、今の僕にとって一番重要だった。

スタンドの事を知っていて、裏の部分にも精通しているがギャングではないこの男を、僕は簡単に殺せるのだから。

理解してほしいなどとは思わない。けれど誰かに聞いてほしかったのも事実で、そういう意味ではこの男はいい捌け口だったから利用したに過ぎないのに、利用したら口止めしようと、殺そうとそう思っていた筈だったのに。



「完全に理解できるわけじゃない。俺とフーゴ君は他人だからね。でも、俺も少し似た境遇だから何となくわかるんだ」
「・・・僕の何が分かるって言うんですか」
「根本の気持ちを忘れてないかってことだよ。君が何故今そこにいるのか、それを君は忘れている。だってフーゴ君はそのブチャラティって人に憧れて、未来を見ていたんだろう?なのに今ここに彼がいないってのは変だなと俺は思っただけだよ」
「・・・何をッ」
「だから追いかければいいんじゃないかな。それが例えみっともなくても、滑稽だと恥知らずだと罵られても、フーゴ君がそう思ってなければいいことだ。大事なことはもっと別のとこにあるんだからさ」


それは馬鹿みたいに当たり前で、簡単なこと。
お人好しで甘い奴の吐く甘言で、けれどそれをそうだと肯定する自分もいて。

そう思ってしまったら、もう殺せなかった。
彼に何故か自分を見てしまったから。



「一歩踏み出すか。それともこのまま踏みとどまるか。どっちにするんだ、お前は」



こちらを真っ直ぐ見る男の目は、この世界では見た事もないような何かを映していて、けれどそれが自分の泣きそうなマヌケ面だと分かるまでに数秒の時間を要した。
この顔が答えだ。

僕は、裏切り者ではないと自負している。
けれどブチャラティ達に付いていけなかった自分に後悔している。
・・・そうだ。僕はブチャラティに憧れて、未来を託したのに、そこに彼が、彼らがいなければ僕に未来はやって来ない。
それはあまりにも簡単なこと。きっと僕以外が全員持っていた当たり前の思いなんだろう。



「あなた・・・甘い奴ってよく言われませんか」
「俺の三割はお菓子で出来てるからね」
「・・・ふ、変な人ですね。・・・でも、そういうのも悪くない」



一歩近寄ってくる訳でもなく、引っ張る訳でもなく、差し伸べるといっても一歩ではなく半歩くらいの差し伸べ方だけど、僕は彼の手を掴む。
きっとこれでいい。当たり前の事に気付けなかった僕の手をとるこの男は、きっと悪い奴ではない。最も―――。



「追いかけるんなら、空港に行けばいいってムーロロってイタリア人が言ってたけど・・・あれ信じても大丈夫かね?」



限りなく甘い男だというのは確かだけれど。



セパンナコッタ・ストーリア-2

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