■ □セパンナコッタ・ストーリア-1

ポロロン、と店内に流れるピアノの音に耳を傾けながら、俺はアツアツのポルチーニ茸のピッツァにかぶりついた。
ああうまいっ!と他の方々が絶賛するのも納得の味と旨みを噛みしめてそれを嚥下すれば、えもいわれぬ幸福感が俺をほっこりと満たしてくれる。

流石ピザの本場イタリア・・・こんな小さなバーのものであっても中々いける!おいしい!と素直に思いながら、ようやくありつけた一日ぶりの食事にがっついていると、どうやらピアノの演奏が終わったらしい。
穴だらけの服にイチゴ柄のネクタイという中々に奇抜ファッションの少年が胸に手を当てて帽子を差し出しているが、生憎ここは鉱山の街だ。
出稼ぎに来ている屈強な肉体の男達が青年に惜しみない拍手を送るも満足なお金は送れず、俺も自分のポケットに手をつっこんでみるも悲しきかなお金はない。
靴下の中にはエジプトまでの飛行機代があるものの、これを失ってしまってはこの一週間の努力が水の泡になってしまう。

ごめんな少年・・・俺も今は日雇い労働者の身だからお金出せないし更にぶっちゃけてしまうといつの間にかこの地にいた迷子且つよそ者だからイタリア語も喋れないんだわ・・・いい演奏だったと声もかけられないんだわ・・・と食事もし終わったことだし
泣く泣くその場を後にしようとしたところで、俺のスタンド能力が勝手に発動した。
・・・・・・うん?



「くたばれッ!パンナコッタ・フーゴッ!!」



なんという美味しそうな名前!
と呟いたところで、それは銃声にあっという間にかき消されてしまって内心大ビビりだ。
あれ?!ここってDIOの館だっけ?!違うよね?!と咄嗟に思ってしまった自分に悲しくなりながら、俺のスタンド能力をすぐさまバー全体に展開する。
あと一歩発動が遅かったらこのバーにいる全員がお陀仏だったぞシャレになんねーよ!と顔面蒼白だろう俺は銃声が鳴り響く中こそこそとテーブルの下に身を隠して、能力が途切れない様に意識を集中させた。
能力が切れたら最後、急にこの町に現れた怪しすぎる俺に仕事をくれたこの店のマスターやフレグラさんやベンさんも俺もあっという間にジ・エンドである。

窓から超でかいマシンガンをぶっ放す男まじやべーよアイツどうしよう。警察呼ぶ?と遠い目のまま考えていたら、穴だらけのズボンがハイスピードで俺の目の前を通り過ぎて行った。
見た目に似合わず物凄い飛び蹴りをかましてマシンガン男をバーの外へぶっ放したイチゴネクタイの少年が、じりじりと地面を焼く太陽の下へと躍り出る。
あー耳飾りもイチゴなんですね、と思わず言ってしまったのは無論現実逃避です。最近は現実を逃避どころか放棄したいけどな。



「パープル・ヘイズッ!!」



あーハイハイ。ハイハイスタンドね。
ウンいーねスタンド。めっちゃいいよサイコー。
よだれめっちゃ垂れてるけどイイと思うよスタンド―――だけど頼むから俺を巻き込まないでくれ・・・といつの間にかそのスタンドに首根っこを掴まれていた俺はどさりと地面に投げ飛ばされて、プルンと視界が揺れた。物理的にもプルンって揺れた。
あれ・・・おかしいな・・・目から何か出てきたや・・・と最早現実にヴァニラのブルマを叩き付けたい衝動に駆られながら俺は目の前に立つイチゴ少年を仰ぎ見る。



「ウバシャァァァァアアアッ」



うわあっきったない!!こっちに唾飛ばすな!!と思うも急展開に付いていけずに声が出ない俺がここにいる意味って絶対ないと思う。
だからさ、帰ってもいいかな・・・と溜息をはき出したところで決着がついたらしい。
あっという間にマシンガン男をタコ殴りにした紫色のスタンドがスーッと消えて行って、同時に意識を失った男のマシンガンも消えた。
あのマシンガンってスタンドだったんだなとぼんやりとその様子を眺めていた俺は、次の瞬間こちらを振り向いた少年に殴られるも、もちろんゲル人間の俺にダメージはない。
半分錯乱状態の彼が俺に向かって何か言っているが、・・・だから俺イタリア語分かんないんだってば・・・。



「お前もボスの追っ手かッ!!もうほっといてくれ!!オレはもうブチャラティ達側じゃあないッ!!」
「ちょ・・・!待てタンマだって!!俺には何がなんだかさっぱりなんだけど!!」
「黙れ東洋人ッ!!怪しい言語を僕にぶつけるなッ!!」
「お、なんだお前英語話せるのか!」
「煩い黙れッ!!もう・・・なんだか・・・オレには理解できないッ・・・」
「うん。俺にも理解できない。だからお前ちょっと落ち着け、な?」



フーフーとまるで猫のように俺を威嚇しまくっている・・・多分彼の名前はあの美味しそうな名前なのだろう―――パンナコッタ君に取り敢えず話しかけた俺は、まずは両手を上げて敵意がないことを示した。
徐々にイタリア語と英語が混ざり合った言葉(ついでに一人称も)が英語に統一されていって、彼の顔からも赤みが消えていく。
ぽつり、ぽつりとうわ言のように漏れる彼の言葉に耳を傾けながら、俺はようやく落ち着いたらしいパンナコッタ君の前に移動してしゃがんだ。もちろん両手は上げたままで。



「違うんだ・・・僕はあれが最善だったと今でも思っている・・・思っている筈なのに・・・」
「あのさ。とにかく俺は君の事情も知らないし、敵意もない。でもこのまま君を放っておくのも何となく後味悪いから、あの・・・よかったら聞くけど」
「は?」
「ほら。事情知らない奴に話を聞いてもらうっていうのも中々スッキリするもんだろ?そんなに思いつめてるんだったら、尚更だと思うし」



自分でも何を言ってるのかよく分かんなくなってきたが、こんなに意気消沈していて殺されかけた少年を放っておくのも心配なので。そう話しかければ目を丸くしたパンナコッタ君・・・ええい言いずらい。そしてお腹が空いてくるのでフーゴ君と呼ぼう。
そんなフーゴ君が年相応な顔をして、そして同時に困ったような顔をした。
俺をじろじろと探る様に見た後、ぼそぼそと小さな声で物騒な言葉を言っていたが、はいはいと聞き流して取り敢えず服に付いた砂をはらい落としてやる。
よく見れば、顔色も大分悪い。目もくぼんでいるし、もしかしたら大分寝てないんじゃないかなあとそんな感想を抱きながら、彼の次の言葉に思わず驚いた。



「よく見たら本当に・・・組織の人間じゃあないな」
「見ただけでわかるのか?」
「あまり僕を舐めない方がいい。そしてあなたも僕に関わるべきじゃあない・・・」
「本来ならそうしたいところだけど、俺もこの町で唯一英語が理解できる奴を見逃したりする程お人好しじゃないんでね」
「・・・お人好しはあなたでしょう。いや、この場合は命知らずとでも言うべきですか・・・」



はあと溜息を吐いたフーゴ君が、ふらりと立ち上がる。



「いいでしょう・・・。ですが僕の話を聞くという事は覚悟が必要ですよ」
「・・・覚悟?」
「いつ殺されてもいい、という覚悟です」
「うーん、生憎いつも命の危機でね。慣れてるから大丈夫だよ」



そう言えば意外だとあからさまに驚いたような顔をするもんだから思わず苦笑してしまった。
どうせエジプトに飛んでしまえばDIOの館の引きこもり生活がまた始まるのだから、外部がどう俺を狙おうがあまり関係ない。
逆に考えればDIOだってセコムである。

正気に戻った人々がこの場から次々と逃げていく中、俺は彼に促されるままに地面に腰を下ろした。
彼が日向に座り、俺が日陰に座らされたのがどうにも気になったが、まあ言いか。とホル・ホースがこの場にいたらぶっとばされそうな行動をしながら、俺は彼の話に耳を傾ける。


・・・・・彼らが裏切ったんだ。僕は現実を見た。人は理想だけでは生きられない・・・。


そう言って話し出した彼の話は、俺の想像の遥か右斜め上を行く壮絶な話だった。




セパンナコッタ・ストーリア-1

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