■ □奇妙な邂逅
イタリアの街はとても美しかった。
出張中だということを今は忘れる事にした俺は、最寄りのジェラテリアに入って色とりどりのジェラートに舌鼓を打ってはカリカリとメモを書いている。勿論メモの内容は舌コピして想像したジェラートの材料で、とにかくとっても美味しい。さすがは本場!
と一人ごちりながら、また次の品を頼むために席を立った俺は、思わず「あ」と声をもらした。
ビュウと勢いよく風が吹いてメモが宙を舞う。
瞬間、ちょっ、えっ?!うわあああああと俺が叫んだのは言うまでもなくて、けれどもその紙は随分遠くまで飛ばされてしまっていた。急いで白い丸テーブルの上に置いてあった物をひっつかんで、メモの後を追う。
掴もうとしても俺が嫌いなのかことごとく俺の手をすり抜けるメモ用紙は、運がいいのか悪いのか水場を避けるようにして飛んでいて、けれどその勢いは止まることがない。
おーい、待ってよメモ用紙!!とおにぎりころりんもびっくりのローリンメモさんを追っていたら、いつの間にか小高い丘のようなところにいて、俺はそこで足を止めた。
丁度、木の枝の間に挟まったらしい。しばらく肩で息をしていた俺だったが、木の上の方にあるメモを仰ぎ見てから意を決してその木の枝に手をかけた。
あそこまで手間と時間をかけたものを諦めるのは中々難しいもので、しかもあのメモの裏には別のレシピも書いてあるのだ。
たかがメモ。されどメモと自分でもよく分からない事を考えながら、何故か急に出始めた霧に視界を奪われながらメモの元へと登っていく。
そしてようやくその場所へと登り切った俺はふうと息をはいた。
まったく手間をかけさせてくれるなあと少し汚れたくらいで内容的には無傷のメモ用紙をポケットの中にしっかりとしまった俺は、その場所から下を覗き込んだ。まあこの程度ならスタンドでゲル化すれば問題ない範囲で着地できるなと踏んで、一気に飛び降りる。
霧は一段と濃くなっていた。
□■□
上から音もなく現れた男に、オレは・・・いやオレ達は死を覚悟した。
オレがボスを裏切るという選択をした時点で、命を狙われることは分かりきっていた為に常に気配を探っていたつもりだったのだ。
それがどうだ。気配を悟らせることなく、悠々と背後を取られ、オレ達はコンマ一秒で反応できなかった。
仲間たちの気配で分かる。しくった、と。だが、諦める訳にはいかなかった。先手は取られたが、それで戦いにまだ負けたわけではない。オレ達は絶対に諦める訳にはいかないッ!!
「ミスタ!トリッシュを守れッ!!行けッ!スティッキィ・フィンガーズッ!!」
「ダメですブチャラティッ!!何かがおかしいッ!!」
何故か攻撃を仕掛けてこない敵を怪しいと思ったのだろう。ジョルノが叫んだが、だがここでやらなければ確実に全員がやられるのだ。男に一番近いオレが攻撃動作に入るのに躊躇はなかった。
気味が悪いほど丸く大きな満月がオレ達を明るく照らしている為、男の姿は逆行になっていてよく見えない。
だが、その佇まいは一般人のそれではない。
奴の黒髪が風に靡いて、そしてそれが元に戻る時にはスデに攻撃は終わっていた。
スティッキィ・フィンガーズの腕が男の左胸を貫通し、男のズボンから何かの紙が滑り落ちる。
終わった。・・・だがこんなにあっけなく?
オレたちの背後を取れるほどの者が、何の抵抗もせずにやられた事に違和感しか感じない。
トドメとばかりにナランチャのエアロスミスの弾丸が男に追い打ちをかけ、そして男はその場に崩れ落ちた。
だが、違った。生きている。また立ち上がってオレ達を見ているッ!!
「マジかよコイツッ!!信じらんねえ!!化けモンかよォーッ!!」
「クッソ!なあジョルノッ!!おめーだったらアイツの能力がどんなものだか推測できるんじゃあねえか?!」
「――――――」
「・・・ジョルノ?おい聞いているのかジョルノッ!!」
ナランチャの問いかけに答えないジョルノは、よく思い出せば先程からピクリとも動いていなかった。
まさかあの男のスタンド攻撃をうけて動けないのだろうか。
仲間がみなジョルノと距離を取り始め、ミスタがジョルノに銃口を向けた時だった。
ジョルノからこれでもかという程凄まじい怒気が膨れ上がったのだ。
彼は正気だ。スタンド攻撃なんかうけちゃあいない。そう直感してオレは再度スティッキィ・フィンガーズを構えた。
ジャッポーネの彼の男が何故ジョルノの逆鱗に触れたのかは分からなかったが、普段から冷静沈着な男をここまで怒らせるとはある意味貴重な奴だろう。
ジョルノが背後にゴールド・エクスペリエンスを出して、ゆっくりと男に近づいていく。そして。
「あの人を模して僕の前に現れるとは―――死を覚悟してもらいましょうか」
瞬間、ゴールド・エクスペリエンスの攻撃が男に炸裂し、男の身体がぶっ飛ぶ。
・・・いや違う、男は最初からジョルノの攻撃を受けていない。自ら地面を蹴って攻撃を回避したのだと理解したのは、男が構えた後だった。明らかに訓練された動き。それもプロの殺し屋仕込みだろう。平凡な顔とは裏腹に、随分とえぐい手法だ。
「―――ッちょっと待ってくれ!!俺は君らを攻撃するつもりなんてこれっぽっちも」
「その姿でそれ以上喋らないで頂けますか。なるほど貴方のスタンド能力は確かに有効だ。もちろん」
僕を怒らせるには、ですが。
そう言ったジョルノの顔には表情というモノが全て抜け落ちてしまっていて、ぞっとするほど美しい西洋人形を彷彿とさせた。
いつもより五割増しの動き。そのラッシュに迷いはなく、威力も凄まじいものだった。
どうやら身体や物体をスライムのようにする能力みたいだが、ジョルノの能力は生命を扱う能力だ。生命エネルギーを扱う故に、その能力は恐ろしく強い。見たところ相手に生命エネルギーを過剰に与え続けているのだろう。いつか見た、生命エネルギーを過剰に与えられ、そして枯れていった植物が脳裏に浮かんで、思わず背中に冷や汗が流れた。
「そんな・・・馬鹿なッ・・・この男の能力は無敵の筈だッ!!なのに・・・何故・・・擬態も・・・完璧だった筈が・・・」
「惜しかったですね。けれど僕の父さんはイタリア語は話せない。そしてその本質など、貴様のような下種には理解できないでしょうね」
静かに男を見下ろしたジョルノが、手を振りおろす。
霧散した男の身体は、霧のように消えて、代わりに。
「―――あ」
先程とはえらく雰囲気が変わった半透明の男がそこにいた。
雰囲気次第でここまで変わるのかと、優しそうな面持ちの男がオレ達を見て目を丸くしている。
ふにゃりと申し訳なさそうに微笑んだ男がこちらに近づいてきて、そしてジョルノの前で止まった。佇まいは変わらない。だが、纏うものは酷く柔らかく、どことなく嬉しそうだった。
「 」
何かを言ってジョルノの頭を撫でた男が消えていく。
暗闇に浮かぶ月をバックにした男の姿が溶けるように消えていった。
男がいた所をしばらく見ていたジョルノが上の方を向いて、そして静かに鼻を鳴らしたのを聞かなかったフリをしたオレは足元に落ちていた紙を拾う。随分と几帳面なようだ。びっしりと文字が書かれたそれを見ていたら、それに気が付いたアバッキオがその紙を興味深げに観察していた。
「そいつは何だ?随分と変な文字で埋め尽くされた紙屑みたいだが」
「ああ・・・そういえばアバッキオは日本語は読めないんだったな」
「ジャッポーネ程難解でマイナーな言語もないだろう。そういうブチャラティは読めるのか?」
「ああ、少しフーゴに教えてもらった事があってね」
見るからに顔を歪めた彼がソレを振り払うように内容を聞いてくるので、オレはジョルノの方を向いてそっと目を細めた。
ジョルノに父さんと呼ばれたあの男は、きっとこの世にいないのだろう。
このチームの中で最も厄介なジョルノを始末しようとして、ジョルノの記憶を読み、そしてジョルノの父親に擬態した男はジョルノの気持ちを踏みにじった。地獄に落ちて当然だとは思うが、このメモの件だけはあの刺客のおかげかと思うと気持ちは複雑だった。
「いや・・・これはジョルノのモノだ。ジョルノに聞くといい」
ハルノ専用レシピと書かれたメモ用紙をジッパーの中へとしまったオレは自分の父親の事を思い出す。
オレも目の前に死んだ筈の父親が現れたらどうするのだろう。ジョルノのように怒るのだろうか。それとも悲しむのだろうか。
分からないが、きっと後には虚しさが残るのだろう。
耐えようもない虚しさ。空虚感。それはとても苦しく、同時にかつてがとても幸せだったことの証明なのだから。
「下種なスタンド使いもいたものだな」
そう吐き捨てて、オレは亀の中へと入った。
奇妙な邂逅
(信じられないかもしれないけど、今日成長したハルノに会ったんだ)
七草様リクエストありがとうございました!
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