■ □ご飯の味は塩味

―――意識が浮上する。
ぼやけた視界一杯に、黄色くてふわふわした触り心地がよさそうなコロネがふよふよと漂っている。
それが人間の髪だと気づくのに数秒。
続いて現状の把握に数十秒。

そしてコロネに割り込んできた黒いふわふわに顔をペチペチとされて、俺はようやくハルノ達を寝かせてそのまま一緒に寝てしまった事に気が付いた。
手渡された濡れタオルで顔を拭いて、促されるまま席について、出された夕食という名の朝食をもぐもぐと食べる。
ふっくらご飯、だしの効いた味噌汁に魚の塩焼き。
全部俺好みの味で、久しぶりの完全和食に俺の頬がゆるりと緩んだ。

とっても優しい味に、この子がとても優しい子に育ってくれたんだと身体で感じる。


「美味しいですか?・・・影崎さん」
「うん、すっごいおいしい・・・。俺、こんなに美味しいご飯久しぶりに食べたよ」
「それはよかったです。僕、いつか貴方に食べてもらいたくて、必死に練習してたんですよ」



・・・なのに、あんまりじゃないですか。
一瞬、泣いているかと思った。
頭を撫でようとして、手を伸ばして、そしてその手を取られる。
上がった顔から向けられる真剣な目に、思わず苦笑した。




「今からでも遅くありません。早くこんな屋敷から脱出しましょう」
「それは出来ないよ初流乃。リスクが高すぎる」
「それならッ!!」



冷静そうな見た目とは裏腹に声を荒げる15歳の初流乃の顔は真剣だ。
真剣に、自分を顧みらない案を口にする。



「僕のゴールド・エクスペリエンスでどうにかします!!ッだから!」



小さくなっていった言葉とは裏腹に、俺の肩を掴む力は強くなる。
ふう、と息をはき出して、彼の名前を呼ぶ。




「初流乃。いい加減にしなさい。頭のいいお前なら分かっている筈だろう?見込みはゼロだ。敵に対してコチラの戦力が足りなさすぎる。相手はDIOだけじゃなくタロット勢や九栄神もいるんだぞ」
「僕を囮にして貴方が”僕”と母を脱出させてください!僕は貴方を死なせたくないんだ!バカみたいじゃないですか!!必死で貴方が生きていると信じて生きてきたのにこの有様ですよ?!お願いです・・・僕にはもう・・・時間がない。そしてどうか諦めないで下さいよ・・・」



既に初流乃の身体は透け始めていて、彼にかけられたスタンド能力が切れかかっているのだと悟った。
どうしたものかと、俺は一人空を仰ぐ。

彼曰く、俺はここで死んでしまうらしい。
というか、”この世界にはいない人と会えるスタンド”の攻撃を受けたらしい初流乃はそう解釈しているようだった。
俺の死体は回収されなかったらしいので、彼は俺がヴァニラに殺されたと思っているらしいのだが、死体がなかったということは多分、初流乃の知る俺は向こうの世界へ帰れたんじゃないかと思う。
というかそう信じたい。

それを言おうか言わまいか迷った俺は結局言わないところに落ち着いた。
焦っているらしい初流乃の固く握られた手を開いてやる。
男らしくも長い指は細かい傷がたくさんついていて、そして大きかった。
思わず笑みが浮かぶ。



「初流乃。お前、おっきくなったなあ」
「・・・やめてください」
「背も高くなったし、DIOと汐華様譲りの美人さんになったなあ。ジョナサン要素が皆無になったのは本人が嘆きそうだけど」
「・・・そんなことを、これで最期みたいに言うのはやめてください!!」
「コロネは正直びっくりしたけど・・・うん、似合ってるよ。さすがだな」



ダンッと初流乃が机をたたく。
俺が諦めたら、彼にかけられたスタンド能力は強制的に消えて、もとの時間軸に戻るらしい。

彼の姿は、もう消えかかっていた。



「父さん・・・ッ!!!なんで!!!」
「あぅー・・・」



ハルノがぐずりだす。ああ、もうご飯の時間かな、そう思いながら。


・・・父さんか。
嬉しいな。

ばたばたと暴れる小さなハルノの頭を撫でながら、初流乃に近づいて、同じように頭を撫でた。



「大丈夫。俺はまた、きっと初流乃の前にひょっこり現れるから」



DIOの部下の中でも古株な俺を舐めないで頂こう!とどこぞのチェリーの真似をしながら、イッシッシと笑って初流乃の頭を撫で回す。
そして小指をだして、ぎゅっと絡めた。




「約束するよ。初流乃、俺は死なない」
「・・・約束は守るものですよ」
「分かってるって」




・・・約束です。
ぽたりと何かが床に落ちてシミを作った。
震えた声は徐々に消えて、後には静寂だけが残る。

息をそっと吐き出して、床に倒れこんだ。
だーという声がしてハルノの頭を撫でる。




「・・・多分、これできっとよかったんだよなあ」




なあ、そうだよなハルノ。
また会おうって、そう断言しなかったことにきっと彼は気づいているけれども。

彼が置いていったご飯はまだ温かかった。




ご飯の味は塩味。





まりも様リクエストありがとうございました!



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