■ 16,5.Aschman

アメリカのミシシッピ川の畔を歩こう。
しっかりと整備された駐車場を背にし、緑豊かな木々の下を三キロ程、森林浴を楽しみながら歩けば丸太を使用したログハウスのような建物と出会う事ができる。
一見私物だと思われる建物はしかして世界屈指の大企業の支部であった。見た目とは裏腹に最新式のロックがかけられたドアを社員証で解錠し、質感まで完全再現された木目柄のエレベーターに乗り込むと、次に扉が開けられた時にはその世界が一変する。
都会のオフィスを彷彿とさせるそのフロアの名称は、超常現象特別対策室。通称、幽波紋部署と呼ばれる知る人ぞ知る部署であった。
そこにたった今乗り込んできた小柄な少女は、フロア中央に位置する机に向かってローファーの底をカツカツと鳴らす。緑と白のセーラー服に黄色のスカーフがせわしなく揺れる。そしてその音が止まったかと思えば、その小柄少女は高校生とは思えない剣幕で一枚の紙を上司の机に叩きつけたのだった。



「ありえへんやろこんな結果ッ!!これがどういうことかちゃあんと説明してもらおうかァ?!」



先祖がイタリア人だという事を全く感じさせないコテコテの関西弁訛りの英語を巧みに操る少女の名は金田といい、ここ幽波紋部署最年少の歴とした社員であった。金田の手の下敷きになっている紙が哀れだとスクエアメガネの上司が毒を吐く。どこかイライラした様子の彼もまたこの報告に納得していない様だった。



「説明ならその報告書に書いてあるだろう」
「こんなのは説明ちゃうわ!上お得意の狂言やろ!」
「よくわかっているじゃあないか。…まあつまりはそういう事なんだろうよ」
「―――上がこの件を握りつぶす事に決めたっちゅう事かいな」
「わざわざ口に出すな。というか勝手に口を挟むなキャラバン」
「ええやないか。相変わらずの陰険メガネっぷりやのォ」



金田の隣でふわふわと浮かぶ鳥型スタンドが細い目をより細くして例の報告書をひったくる。因みにこのフロアにいる者の中にスタンド使いではない人間はおらず、紙がひとりでに宙に浮き続けているという摩訶不思議現象を目撃するものは誰一人としていない事を明記しておこう。上司と金田が言い合いをしている内にざっと報告書に目を通したキャラバンがフフンと鼻を鳴らす。

キャラバンの持つ報告書にはDIOの部下二名と接触した折に入手できたDNAデータの解析結果及び該当人物の個人情報が書かれており、当然本来ならば当人のみが知る情報までもが記載されていた。世界企業の力の前では情報の壁はあってもないようなもの。むしろここでは至極当然のことであるので個人情報が漏えいしていても誰も気にしはしない。問題はその片方の報告が”該当者なし”という一文のみな事と、その結果今回得られた情報が確証のないデマだと判断された点にあった。ご丁寧に、その情報が正しいものであったならば、君らが提案した大掛かりな作戦を実行できたかもしれないのにね。という嫌味付きで。勿論金田はその嫌味を行間から読み取ったのだが、上司も同じ事を思ったらしく、意図的なのは明らかであった。
椅子から立ち上がった男が、キャラバンから報告書を奪い取って木端微塵に切り裂く。彼は頭は回るがキレやすい今回の作戦の作戦隊長で、癖の強さも部署トップクラスの三十代の青年だ。
それを宥めた上司が汚れてもいない眼鏡のレンズをよれよれとしたレンズ拭きで拭いている。彼の長い溜息が中間管理職の厳しさを物語っていた。



「いいか、お前らよく聞け。上にも推進派と保身派がってのがいてな。前者は先代の意思を継いだ人達で俺たちにも理解を示してくれているんだが、後者は俺たちスタンド使いの存在を認めたくない奴らの集まりなんだ。先代亡き今、表舞台に出ない金食い虫のオカルト部署は奴らにとってみれば目の上のたん瘤同然という訳なんだよ」
「この財団の真の目的を分かっちゃいないクソがッ!自分の私腹を肥やす事にしか能がない豚野郎どもなんてよォ俺が考えた・・・」
「まー相変わらず変人ばっかおる部署やなァ!てかワシ思うねんけど、もういっそこの部署だけ独立させたらええんちゃうか?最近の財団は大きくなりすぎてわしらが自由に身動きとれへんようになってきたで」
「・・・キャラバンの言う事ももっともだが、それでは上の思うツボだ。それこそ保身派の奴らに好機とばかりに潰されかねん。もちろん推進派は援助を惜しまないだろうがな」
「ウチが考えるに、今のところジョースター家絡みではないってのもネックなんやと思うで」



先代会長ロバート・E・O・スピードワゴンから続くSPW財団のジョースター家至上主義形態は保身派が存在する今でも健在で、ジョセフ・ジョースターを筆頭にその血筋を継ぐ空条家にもその対象は及んでいる。
それを考慮した作戦を投じたのにも関わらず門前払いされた彼ら。それで終わる集団ではなかった。



「まさか諦めるなんて言いへんよな?」
「無論、諦める訳にはいかない。金田、”影崎”と呼ばれていた人間とホル・ホースについて一から洗い出せ。アルとエヴァンスはメインデータベースの深度Sのハッキングと情報の真偽の確認。他は信用できるエジプト支部の人間を出来るだけ多く集めろ。間違っても保身派なんかに声をかけるなよ。・・・奴らはDIOの恐ろしさをまだ分かってないんだ。それを無理矢理気づかせてやるくらいの気持ちで臨め!」



一斉に散っていったフロアの人間が、未だに動かない金田の横をすり抜けていく。

床に落ちている紙屑を見ながら金田は思案してした。
冷静になってみれば気付く違和感は彼女の喉に細かい引っかかりを多く作り、疑問の穴を広げていく。
上の狂言だとしても、もっと御尤もな言い訳を並べればよかったのにも関わらず、あの影崎と呼ばれた日本人についての報告書は上記の通り一文のみ。信用性がないことを示したかったのならば、もっと上手く報告書をねつ造すればよかったのに。



「ああもう!!訳がわからへんわ!!ガクセーのウチにはキャパオーバーな事ばっかり起こりよる!」



白いタイル張りの床をカツンと蹴り飛ばし、その場に蹲った金田は頭を抱える。
DIOに協力する奴らはすべて悪。そう信じ、正義の名のもとで力を使ってきた金田は悪側の人間に命を助けられた。彼女を助けたその男の真意は誰にもわからない。おそらく男本人でさえも。ただ金田はこれだけは分かる。ぐっと握り拳を作って振り上げられた右手は迷いのない彼女の様だった。



「悪なのか正義なのかハッキリせんかい!!気持ち悪い!!」



彼女は中途半端ヤローが一番嫌い。

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