■ 19.Under a blue sky.

やりすぎたー・・・。
そう思いながら俺はだるい身体を引きずって、自分の部屋のベットに倒れこんだ。

こうなった原因は簡単で、まあつまりはスタンドを使いすぎたということなんだけれども、これは予想外だったのだ。
ゲル化した自分自身にどれだけ物を取り込めるのか実験してみた結果が悲惨すぎて泣ける。
ああああなんかお菓子食べたくなってきた。
やっぱり疲れた時は甘いものだよなーとうつ伏せのままの状態でベット脇からチョコレートバーを取り出しつつ、盗んだ矢以外は体内に入れとかない方がいいかもしれないと結論付けた俺は、そのままの流れで体中から調理器具やらハルノのおもちゃやらを出す。
もはやビックリ人間化してる事にも慣れちゃったよジョナサン。お前のいた世界ってやっぱり大分変だと思う。と自分の事なのにそれを棚に上げつつ(無論現実逃避だ)遠い目をしていた俺は、急に襲い掛かってきた小さな衝撃に思わず変な声を出した。そしてそちらに目を向けて固まる。



「・・・ハ、ハルノ?」



なんでここに、という言葉は喉の奥で留めて、何故か震えているらしいハルノを抱き上げてやれば、想像していたより遥かに強い力で抱き返されて少し驚いてしまった。
ハルノの成長は日々目まぐるしくて、生まれた時よりも随分と身長も伸びたし、喋るようにもなった。
最近では屋敷の中を元気に走り回っている様子もよく目にするし、子供の成長というのは存外早いものだという事を実感している最中なのはとても幸せなことだと思う。もっともそれがこんな場所でなかったならもっと良かったのかもしれないけれど。だってここ血みどろ屋敷だし。

そんな屋敷には似合わない風貌のふわふわとした濡羽色の髪の毛を俺はそっと撫でた。
泣き声は聞こえない。
けれどもその目には薄く涙の膜が張っていて、それがまた痛々しかった。
ハルノは耐える必要はないのに耐えようとするし、何でも自分でやりたがる傾向もあるし、もっと甘えていいんだよと言いたくなるような場面も多々あるから余計心配で。
何とかなぐさめ様として手からおもちゃを出してみるも反応はよろしくない。
うーん、困った。



「ハルノー?どうした?どっか痛いのか?」



うつむいたまま、ふるふると首を振られる。
いくら言葉を発するようになったからといっても、まだ日が浅いのだ。
多分理由を説明してもらう事は無理だろうなあと思っていたら、ハルノが顔をあげた。



「・・・あか」
「赤?」
「ぱーぱ、あかった」



やだ、と、ぎゅっと俺に抱き付いてくるハルノをもう一度思いっきり抱きしめて背中を撫でる。
その反応で察した俺は、以前一度だけ見せられたDIOの食事風景を思い出して吐き気がした。俺でさえこうなるのだ。まだ幼いハルノなど言うまでもない。
沸々と湧き上がってくる怒りを無理矢理収め、俺は様々な感情を誤魔化しながら息をはいた。
この子は聡い。
それはハルノの利点でもあるけれど、同時にこうした事も否応なしに気付いてしまうという事でもある。




「こっちを向いて、ハルノ」



ハルノの頬を両手で包み、正面からそのエメラルドグリーンを見て、出来る限り母親のような優しい声を。
本来ならばこの役割は俺ではいけないのだけれど、でもハルノが頼ってくれたのは俺なわけだから、俺はそれに応えたいし与えたいと、そう思ったのだ。



「大丈夫・・・大丈夫だよハルノ」
「ぱぱ、あかく、ない・・・?」
「ああ」
「ぱ・・・」
「こわかったなあ。大丈夫。もう・・・泣いていいんだぞ」
「・・・ふ、ぇっ」



偉かったなあハルノ。
そう口にすれば彼の大きな目から次々と涙が溢れてきて、たちまち俺の服が濡れたが問題ない。
ぐずぐずになった顔を上げたハルノの涙を拭ってやれば、その手をぎゅうっと握ってそのまま離してはくれなかった。



「―――いっしょ」
「・・・ん?」
「ぱぱ、ずっと、いっしょ?」



何と、答えればいいのか。
迷った挙句、半分泣き笑いのような感じになってしまったと思う。
絞り出した言葉は、俺の心にも強く響いた。



「ああ。もちろん、ずっと一緒にいるよ」



この子を脱出させる為に自分を囮にしようと本気で思っていた。
でも、嘘だ。駄目だ。

やっぱり俺はこの子の行く末を見ていたい。

死にたくない。ここにも居たくない。
でも、行く場所なんてない。



「・・・ッ」



どうすればいい。俺はどうすればいいんだ。
打開策などない。ハルノを裏切るか。マライア達を裏切るか。
…、いや。俺がハルノを守るんだ。あの子に助けられた分、救われた分よりももっと多くのものをハルノに与えたい。だから俺が前者を選択するなんてありえないけれど。

けれど、それでも"もし"の話は考えてしまう。だからこんなにも辛いのだろうか。

二つに一つしか道はないのはわかっているけれど。



青い空の下で、みんな仲良く手をとって暮らせる世界ならどれだけ良かったか。

長く重い息を吐く。

やっぱり世界は残酷だ。

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