■ 18.A painful thing is good later.


「あら!影崎じゃない!」



真っ赤な絨毯が続く廊下を歩いていたら何故か後ろから呼び止められた。
バンッと思いっきり背中を叩かれてえずく俺が面白いのかケラケラと笑う赤ずきんチャチャことマライアさんは相変わらずの美人さんで、そして意外にも俺は彼女とは仲が良かったりする。
今度女子会に誘われた俺の立ち位置ェ。と内心改めてツッコみつつ、ニコニコと手を差し出す彼女に俺はヒラヒラと手を振った。



「先に言っとくけど、今日はお菓子作ってないからな」
「あらやだ何よォ、汐華様には用意してあって私にはないっていうの?」
「ないっていうか今日のデザート担当はテレンスですー俺は作ってませんー。まったく・・・俺に鎌をかけてる暇があったら自分で作ってみたらいいのに」
「オホホホホ、まあそれはそれよ。取り敢えず今日のところはテレンスからタカってあげるわ」



女王様風に笑うマライアにつられて俺も笑った。
どこからともなく煙草を取り出したマライアが気だるげに煙を吐き出したかと思えば、バチリと彼女の目と目があう。
俺の顔をじっと見つめていた彼女の目がどんどんと鋭いものに変わっていって、思わず表情筋がこわばった。
俺、何かしたっけ?と思いながら、口の中が一気にカラリと乾いたような気がして、意味もないのにごくりと喉を鳴らす。
すると、ようやく口を開いたマライアの眉間にぐっと皺がよった。



「アンタ、何かヤバイことしたんじゃないの?」
「・・・え?」
「気付いてないなら特別に教えてあげるけど、何か厄介事に率先して首を突っ込んでるような、そんな顔してるわ。それに私の勘がヤバイって言ってんの・・・下手したら殺される。そんな何かに心当たりがあるようならさっさとソイツに殺られる前に殺っときなさい」




一応心配してくれているのは分かるんだけど、ちょっと助言が物騒すぎやしませんかとも言えなくて俺は口を噤んだ。

殺すとか、殺されるとか、そういう事を極力考えないようにしていた俺もこれからは否応なしに考えなければならなくなってしまった。

だって俺の今の居場所は、現代日本ではなくDIOの館という場所になってしまったのだから。

幽霊と友人である俺にはどこからが死なのかの定義も定まってないのに・・・いやこれは言い訳なのはわかっている。

けれど肉体がなくなったら、それが”死”なんだとしたら―――だったらジョナサンは何なんだったんだとも思ってしまうのだ。
泣いて笑って喋っていた彼は生きていなかったのか?いやそんな筈ない。彼はちゃんとあそこにいたんだと、考えてはの堂々巡り。

ぐるぐるとそれだけが回って、息が苦しい。
命を奪う事が怖い。逃げたいけれど、もう逃げられない。

そのまま続けていた彼女の言葉が俺を貫いて、顔を上げた。



「殺すことが怖い?」
「・・・ああ、すごく」



きっと軽蔑されるだろうと思いながら吐いた言葉に返ってきた言葉に、俺はしばらく動くことが出来なかった。



「なら、それでいいわよ」
「―――――え?」
「なるようにしかならないんだからそんな事を今から考えてても無駄ってことよ。アンタは色々考えすぎてパンクするタイプなんだから、考えるのをやめちゃいなさい。どうせ、殺すかどうかもその時になったらまたアンタは考えるんでしょ?ならいいじゃない、やめちゃえば。苦しむのは後でいいわ」



俺の胸倉を解放した彼女が息をはき出して、ビシイと効果音が付きそうなくらいな勢いで指を突き出した。
思わず苦笑する。苦笑が笑いに変わっていって、泣きそうになった。

やっぱりこっちの世界の人達は生きるパワーが強いように思う。
ベクトルがどちらを向いているかは別として、ここの人たちはシンプルで、真っ直ぐだ。
それがこの時ばかりは酷くうらやましいと思った。



「・・・そうだよな。未来の事を考えすぎてもしょうがないかもしれないなあ」
「しれない、じゃあなくて言い切っちゃっていいんだから。それに、何だかんだ言ってヴァニラ・アイスやテレンスあたりは協力してくれると思うわよ」
「・・・それはないと思うなー」
「そうかしら。まあ当然DIO様関連ではムリだけどね」



悪戯っぽく笑った彼女が、じゃあまた。と手を振って前を歩いていく。

・・・彼女は、俺が裏切るとは考えていないんだろうか。
いっそ考えてくれれば俺もせめて楽だっただろうに。
ああ、くっそ。
でもこれだけはやり遂げなければならないと、そう俺が思ったから。だから。




「ありがとう・・・マライア」



―――そして、ごめんな。

苦しむのは今じゃなくてもいい。
突っ走るとそれだけ君らを裏切るのも早くなるんだよと、俺はどうしようもないわだかまりを抱きながらその場から暫く動けなかった。


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