■ 17.Making up my mind means separation.

窓の外は毎日変わらず砂一色の世界で、けれど今日は霧雨の日だったのでその砂の色がいつもより濃く見える。
そんな光景を横目に、俺は人の魂を入れるための人形作りが趣味というちょっとどころか大分危ない趣味をお持ちのロリコン疑惑のテレンスに作ってもらった黒いエプロンを腰に巻いた。
部屋に備え付けられたキッチンへと足を進めた俺はハルノを背負いながら銀のボールに卵を割り入れて、たまに聞こえるハルノの寝言に頬を緩ませながら次々と卵を割り入れていく。



「――…―――……〜」



カツン、カツンと卵を割るリズムに合わせて鼻歌を歌っていたら、音もなく部屋に入ってくる気配がひとつ。
俺がハルノの面倒を見ているときにこの部屋に来られる人は限られているので、今日は誰が来たかなーと俺は入ってきた人物を予想する事にした。テレンスは相手を求めて日本に出張中、ヴァニラは正々堂々と入ってくるから違う。ンドゥールだったら杖の音が聞こえるはずだし、エンヤ婆だったら何かを引きづるような歩き方だからすぐに分かる。となると・・・誰だ・・・?

急に不安になった俺はハルノにスタンド能力を使ってゲル化させた後に両脇を締めて構えた。手に持つ菜箸が心もとなさすぎる。―――と。



「随分と手際がいいじゃあないか」
「・・・DIO、様」



随分と早いお目覚めですね帰ってもらっていいですか、という言葉を飲み込んだ俺はハルノとDIOの間に自分の身体を挟むように立ち位置を移動させた。必然的に正面からDIOを見上げる事になった俺は、首の角度に懐かしさを覚える。

ジョナサンの話し相手兼友人になってからは当たり前だった角度だったのに、今や懐かしさを覚える程度には時が経過しているのだと思い知らされた。ここに来た当初では出来なかった芸当の数も増えたし、間違いなくカタギの域を超えた技も覚えている。
それを仕込んだ元凶は全てこの男だったとしても、自分の技にしたのは俺自身の選択の結果だ。そしてDIOの顔を怯えずに見れるようになったのは大分スタンド能力を扱えるようになったからではない事も、全部わかっているだろう。この目の前にいる、・・・ハルノの父親は。



「たまにはハルノをおぶってみませんか」

                   なあ、知っているかDIO。

「いやいい。それよりも、だ影崎」

                   お前の子供が見せる様々な仕草や表情を。

「貴様はもうスタンドのビジョンを出すことが出来るのか?」

                   なんで見てやらない。

「いや、まだですね。どうやって出すのか未だに分からないんですよ」

                   なんで受け入れてあげない。

「そうか。ならいい。邪魔したな」

                   お前の未来に、この子は共に。

「・・・最後に、いいですか」

                   ・・・・・ないのが、なんで。

「なんだ」


                   こんなにも悲しい。

俺がジョナサン伝手に聞いたディオ・ブランドーの半生は父親の憎悪の心から始まっていた。
DIOがブランドーの姓を捨てたのもここら辺が理由になるのだろうか。
・・・でも。それでも、俺は思うのだ。



「父親も案外悪いものではないですよ」



ピクリとDIOの眉が動く。
その目の色がマグマのように煮えたぎっているのを見たが、俺は恐怖を感じなかった。
スヤスヤという寝息がまるで麻薬のように、俺から感覚を奪っていく。そんな感じ。
ああ、きっと後から冷や汗をかきまくるんだろうなあと随分と遠くの方でそんな事を思いながらも、けれど俺はもっと他の事を考えていて、そして悲しくなった。



「”父親”だと・・・このDIOが・・・ッ?」



俺は挑発をする為にこの言葉を言った訳ではない。本当にそう思ったから言っただけなのだ。
もちろん”そういう”意図が皆無だったとは言わないが、DIOのこの”父親”という言葉に対しての反応は正直異常だった。
DIOの館脱出計画を考える度に頭にちらついていた「もしかしたらDIOにも父親らしい所があるかもしれない。俺が自分勝手な判断で親子を引き離していいのだろうか」という心配は杞憂に終わった。終わってしまった。やはり、あのハルノに向けられる目は見間違いではなかったのだと。



「何か、お気に触る事でも?」
「二度と・・・二度と俺をあのクズと同じ”父親”などと抜かすなァッ!!」



DIOの長い足で脇腹を蹴られた俺はハルノ共々盛大に吹っ飛んで壁に打ち付けられた。
ゲル化したから無事なものの、生身だったらただでは済まなかっただろう。もちろんハルノも。



「・・・・・失礼、いたしました」



腹の底から沸々と滾るものを押さえて、声を絞り出す。
DIOは”父親”という存在を嫌悪しているとさっきの言葉と態度で証明されてしまった。

バタンと乱暴に閉められたドアの音がDIOが部屋から出ていった事を示している。



「・・・ぱぱ?」
「いった・・・・・」



ハルノを背負ったまま立ち上がった時に感じた違和感に目を向けると、そこにはハルノより少し大きめくらいの打撲痕が出来ていた。最近気づいたことなのだが、俺自身をゲル化させた時の能力の範囲は決まっていて、俺の身体を全てゲル化出来る最低限の力しか能力は発揮されない。つまり俺に接触しているものを含めて俺をゲル化させる時は、その接触しているものの分の俺のゲル化がおろそかになる。ハルノくらいの大きさの痣というのはその証拠だ。それにしても壁に叩きつけられただけでこんなに痛いってどれくらいの強さで俺を蹴ったんだよ・・・吸血鬼ぱないと思いながら、落っこちていた菜箸を拾った俺はそれを洗って、ぐずりだしたハルノをあやすようにゆっくりと身体を左右に揺らした。





覚悟することは即ち決別を告げる。






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