■ 16.At this time I can't go back.

最近の俺の悩みは、どうやったらハルノを安全且つスムーズにDIOの館から脱出させられる事が出来るのかという一言に尽きる。


しかも脱出させた後の生活も保障したいところなので、やっぱりSPW財団に協力を仰ぐしかないかなあとそんな事を考えながら、取引相手に指定された通りを真っ直ぐ進んだ。
バーのマスター伝手に渡された金の入った麻袋を手にしていた俺は、そっと息をはく。

貸しは一応作ってはある。
けれど、それだけでは多分SPW財団は動いてはくれないだろう。
DIOの息子でもあり、ジョナサンの遺伝子も継いでいるハルノをどう扱うかなんて、トップの考えによりけりだ。
最悪、吸血鬼の息子であるハルノを実験台にする可能性も視野に入れとかなければならない事も考えると、SPW財団にはもっと大きな貸しか、それに見合った対価が必要になるだろう。

ハルノの安全は確保しなければならない。
それは絶対だ。

本当は俺がハルノをDIOの館から脱出させて一緒に住めばいい話なのだが、悔しいことにそれはリスクが高すぎた。

失敗は許されない。
だからこそ・・・万が一のことも考えて、俺がハルノ達と共に脱出することは出来ない。

・・・で、結局最初の問題に戻るんだよなあああと項垂れた俺は、目印である大きな鳥の看板を確認した後、その下にあるマンホールの中へと入って鼻をつまんだ。

ねっとりと身体に纏わりつくような悪臭に顔をしかめる。
まったく・・・相手方も随分と変な所を取引場所に指定してくるな・・・と少々イラッとしつつ、もしかしてこんな場所を指定してきたからこそエンヤ婆は俺に丸投げしたんじゃないかとまで思えて来る不思議。
あながち間違ってなさそうだ。
あー・・・でもエンヤ婆のスタンド能力って確か死体を動かすような能力だったような気がするから、ただ単に気まぐれかもしれないなと勝手に想像を膨らませながら下へと進んだ俺は、ほっと掛け声を出して地面へ着地した。

じん、と足の裏が痺れる感覚がないのを少し寂しく思いながら、靴ごとゲル化した足を元に戻す。
顔を上げてから目をじっと凝らすと、五メートル程先の所にうっすらと人影が見えた。
多分あれが取引相手だろう。
さっさと終わらせようと足早に影に近づいていくと、不意に上の方から笑い声が聞こえた。



「まさか・・・こんなところで同じ能力者に出会うとはな」
「・・・・・っ!」



違った。
人影と思っていたのは人ではない―――奴の、スタンドだった。
額に顔がついた奇妙なスタンドは、びっしりと生えた歯を剥いて笑っている。
おいおいおいおい!



「スタンド使いが相手なんて聞いてないぞ・・・!!」
「ほう・・・貴様らはこういった能力者の事を”スタンド使い”と呼ぶのか」



いい事を聞いたと、今度は後ろから声がする。
コイツはやばいと頭の中で警告音が鳴り続けているが、打開する方法は今のところ皆無だ。
せめてもの救いは奴に攻撃の意思がないことだろうか。

いつの間にか俺の肩に手を置いたピンク頭の本体が、また笑う。



「ならば、この矢の価値はすぐに分かるだろうな」
「・・・な、に?」
「この矢は素晴らしい。貴様の言う”スタンド使い”を量産することが出来る優れモノなのだからな」



俺という存在が保障しよう。
だが今は金が必要だからな・・・。

そう言っていつの間にか俺の持っていた金の入った麻袋を掻っ攫っていた青年が、俺に向かって弓と矢を放り投げていた。

一張の弓と五個の矢。
それを受け取った瞬間の俺の動きは速かった。

とにかく逃げなければ、と全速力でもと来た道を登っていく。
後ろを見る余裕なんてないし、嗅覚などとっくに麻痺していた。

早くここから立ち去らなければ。

その思いだけが俺を突き動かしていた。





□■□





「って事があったんですよ。まじで死ぬかと思いました」




DIOの館に戻ってきて早々エンヤ婆の元へと直行した俺は、何故か砂糖が入っている緑茶を机の上に置いた後、組んでいた足を組みなおして机の上に突っ伏していた。

ごほんと一つ咳払いをして、「これで全部かのォ?」とウキウキとした声音のエンヤ婆に肯定の返事を返した俺は、突っ伏したまま微かに震える右手を抑えるように左手を重ねる。



机の上には一張の弓と、四個の矢だけが並べられていた。



ああ、ジョナサン・・・俺すげえ頑張ってる命がけで頑張ってると心の中でぼやいていた俺は絶対涙目だったと思う。


後戻りはもう出来ない。



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