■ 15.The world is not moved so well.

アメリカからエジプトへ。
ようやく男二人旅を終えた俺は、ホル・ホースの勧めもあってバーに来ていた。
本当は真っ先にハルノに会いに行きたかったのだが、お疲れ会と称したものを断るのもどうかなあと思いココにいる。

いい感じのジャズがかかったこのバーはホル・ホース行きつけのお店の様で、隣に座る彼は安心しているのかすでに出来上がっていた。
こんな時でも顎割れモミアゲはイケメンである。
っく、何という不平等・・・顎よ四分割されてしまえーと下らないことを考えていたら、バーのマスターらしき人がこっそりと耳打ちしてきて俺は顔を上げた。



「影崎様、エンヤ様からお電話です」
「・・・エンヤ婆?」



思わぬ名前が出てきたことに驚きながら、渡された受話器を手に取る。
なにか俺やったっけ?と過去の事を思い返してみると出るわ出るわ、DIO様の反逆行為の数々。うっわーと内心冷や汗ダラダラで受話器を耳に当てると、懐かしのしわがれ声が俺の耳を貫いた。



「何を道草しとるんじゃあ影崎!さっさと帰ってこんか!!」
「で、ですよねー・・・・」



たいそうご立腹の様子のエンヤ婆の怒号に返す言葉もない。
が、どうやら俺の心配していた件ではなさそうだ。
そのことに胸をホッとなで下ろしながら、余裕のできた頭が余計な事を考え始める。

いや、でもさ?俺だって付き合いがあるわけだよと現代日本人の悲しい性の説明をしようとしたら、電話口からゴホンと咳ばらいが聞こえた。

お?



「と、本当なら言いたいところじゃったんだが」
「ちがうんかーい」



さっきの俺の耳鳴りを返せとツッコミながら、寝不足によってシパシパする目をこする。
例の夢を見て以来怖くてあまり眠れなくなってしまったのだ。
子供かよ・・・と自分自身に苦笑しながらも、一回怖いと思ってしまったものは簡単には克服できないものなんだなあと夢ごときで体験できたのはいい経験だったかもしれないとひとり思う。
出来れば現実では体験したくはないけど、と思考を明後日の方向に向けていた俺の耳をまたまたエンヤ婆の怒号が貫いた。



「オイ!聞いておらんな影崎?!」
「あー!すみませんでしたもう大丈夫です聞けます。・・・で、わざわざ電話してきたりして俺に何の用ですか?」



実はな・・・と続いて告げられた事に、俺は「・・・はあ」と返事を返すことしか出来なかった。
ああ、これってつまり。



「おつかい?」
「まあそういうことじゃな。なんでも摩訶不思議な力を持つという矢と弓を買い取ってほしいとのことでの。ガセの可能性が高いが、一応買い取ってきておくれ。お前だったら何かあっても大丈夫じゃろう?」
「本音は最後ですねわかります」



どうせ俺に拒否権はないので、ハアと重い溜息をはいた後に了解と言葉を返す。
一人で行って欲しいそうで、ホル・ホースとはここでお別れだなと思いつつ、最後に受話器に向かって大きな声を出した。



「ハルノー、もうすぐ帰るからなあ!」



一回離れてみて初めて分かる大切さをそっと噛みしめながら、俺はぐっと手を握った。
「あー!」と声が聞こえたのはきっと気のせいじゃない。
エンヤ婆の悔しそうな声をバックに、俺は上機嫌で電話を切った。


さあ、ちゃちゃっと買い取ってきますかね!


(覚悟はもう、決めたから。)

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