■ 14.It shakes between a dream and reality.
そこは、とても穏やかな時間が流れていた。
チッチッと規則正しく時を刻むアナログ式の時計の音。
薄型とは言えないテレビから流れて来る人の声。
小奇麗にされた机の上に並ぶ二つのマグカップ。お皿から立ち上る湯気。
そして、10代前半と思われる黒髪の少年が”俺”の腰に抱き付いていた。
パチパチと目を瞬かせた”俺”の手にはカバンが握られていて、まるで仕事帰りの様だとぼんやりと思う。
そしてぼんやりとした思考から浮上した俺の口から「え・・・?」と思わず声が漏れて、自分の置かれている状況がまったく把握できていないまま固まっていると、顔を見上げた少年がふわりと笑った。
見覚えのある笑い方に、そんな馬鹿なと息をつめる。
「おかえりなさい、とうさん」
「ああ、ただいまハルノ」
自分の口からスルリと出た言葉に、自分で自分が理解できなかった。
夢にしてはリアルに感じられるが、現実にしてはリアリティが足りない。
頭はよく冴えているのに、地面に足をつけている感じがしない。
自然に緩んだ頬には自分の意思は反映されていないのに、胸には温かいものが満ちていて。
今日はぼくがごはんを作ったんです!と嬉しそうに言う少年―――他でもない”俺”自身が”ハルノ”と呼んだ子が誇らしげに俺の目を覗き込んでいて、その目の中に映る人間がまた一層幸せそうな顔をした。
「おいで」
そう言った”俺”に”ハルノ”が甘えるように手を伸ばして、そして”俺”はそれに応えるように”ハルノ”の身体をひょいと抱える。
ぎゅーっと俺を抱きしめ返す”ハルノ”はとても温かくて、生きていて、何かの言葉を口にしようとした瞬間。
不意に視界がぶれた。
思わず頭を押さえた時には小さな温もりはすっかり消えていて、言いようもない空虚感が胸を占める。
なんだったんだ、さっきのは。
そして今も、俺はどうなっているんだろう。
いつの間にか視界を覆っていた薄い布のような膜が一枚、また一枚とはがされて、どんどん視界がクリアになっていく。
路地裏だろうか。
先ほどの部屋とは一転して冷たく薄暗く感じたその場所に俺は思わず身震いする。
今度の俺はふわふわと宙に浮いていて、地面を上から見ているようだ。
ここまで来れば、俺の思考はある一点に行きついて、同時にさっきとは違う意味で頭を押さえたくなった。
これは、つまり。
「・・・なんか変なスタンド攻撃でも受けたっけ」
そう呟いた途端に、下の方でガタンと大きな音がして木箱の山が崩れる。
見れば、くすんだ金髪の少年やら、赤毛の少女やらが黒髪の少年を突き飛ばしたらしい。
酷いことをするなあ、いやそれよりどうやってこの妙なスタンド能力から逃れようか、と思案していたら、聞き覚えのある単語が聞こえてきて俺はバッとそちらに目を向けていた。
「ハルノ・シオバナだっけかあ?」
「ッハ!気持ち悪い髪色しやがって!悪魔みたいに真っ黒なお前はソコがお似合いだぜ」
「親が親なら子も子だなァ!お前、家にもいる場所がねぇんだろ?」
「そうじゃなかったら今ここにいる筈ないものねえ!イタリア人の義理の父親なんて―――」
ギャハギャハと下品に笑う少年少女に、目の前が怒りで真っ赤に染まる。
木箱の山からのそりと起き上がったのは、他でもないあの”ハルノ”で。
「―――ふざけるなよ」
自分のものとは思えない程低い声が出て、けれども今度は俺自身の意思の言葉だった。
イタリア人の義父だとか、よく分からない単語が聞こえたけれども、さっきの様子からいって彼の家にいるのは”俺”だった筈だ。
なのに、何故”ハルノ”はそんな乾いた目をしている?
子供らしくない、無理やり大人にならざるを得なかったような、そんな目を、何故。
何故”俺”はそこにいない?
クルクルと回る視界の中で、彼の黒髪が金色へと染まっていく。
青色が揺れるその緑色の目のなかに、俺の姿は欠片もうつされてはいなかった。
□■□
「なんだったんだ・・・、今のは」
びっしょりと汗を吸ったシャツには気にも留めず、俺は詰めていた息をはき出した。
グオーグオーと隣のベッドでいびきをかいているホル・ホースを尻目に、手を開いたり閉じたりして身体に異常がないかを確認した後、今にも日が昇りそうな外に目を移す。
窓の鍵は閉まったままで、気配には鋭い筈のホル・ホースも起きた形跡は見られない。
しばらく逡巡した俺は、両目を手で覆って深呼吸をした。
あれは、夢だった。
そういう事にしようと自分で決めて、一回シャワーを浴びようと硬いベッドを降りる。
そう折り合いをつけなければ、このモヤモヤしたおもいを消化することなんて不可能だった。
昨日、あのまま死んでいたらこうなっていたぞと言われているようで、尚更。
夢と現実の狭間で揺れる。
[
prev /
top /
next ]