■ 13.Poison takes effect.

色褪せ、朽ちたモルタルの壁面が続くダウンタウンの一角でホル・ホースと他愛もない話をしていた俺は、スッと視線を横に流した後、一言「ホル・ホース」とその名前を呼んだ。
わかっているとばかりに手をヒラヒラとさせた彼に「逃げよう」という言葉を続けようとした俺は、次の瞬間に襲ってきた衝撃に耐えきれず、がくりと膝をついた。

ええー、という言葉はあっという間に銃声に飲まれて、なお続いて撃ち込まれる銃弾に驚きを隠せない。
とりあえず現在進行形で俺を盾にしているホル・ホースに軽いジャブをお見舞いしてから、攻撃されている方向へと顔を向けた。目算にして50メートル、二歩と少し。影は、二つだ。



「ホル・ホース!あそこだ!!なるべく五体満足で頼む!」
「悪いがソイツは保障できねぇぜ甘ちゃんよぉッ!!皇帝ッ!!!」
「金田!!」
「わかってる!キャラバンact2ッ!!」



後者に至ってはまさかの日本語、しかも女の子の声である。

そしてその二人の影を視認出来た瞬間、俺の喉がひゅっと鳴った。

スタンド能力をフル発動して五体満足になった俺は、なけなしの筋肉を使って全速力でダッシュした。
二、三発ホル・ホースの攻撃を受けたが問題ない。
問題は、今は袋の中に消えてしまった女の子の隣にいた男に見覚えのあったことだ。
のっぺりとした特徴のない黒目黒髪の男はあの飛行機に乗っていた乗組員の一人によく似ている。
それも、俺が飲み干したオレンジジュースの空箱を回収した奴にそっくりだった。
そしてその服装。というよりも、俺が目を奪われたのはその帽子だ。

遠くで俺の名前を呼ぶ怒号が聞こえたが、スルーを決め込んでスタンド能力を地面に向かって使う。

使う方向は、後方だった。

以前ヴァニラをはめた時に使った手だ。
いくらホル・ホースとて、簡単には抜け出せないだろう。
ギシリ、と頭が痛んだが、ここで引くわけにはいかない。
ご丁寧にSPW財団と書かれた帽子をかぶった男の目が見開かれて、同時に隣の女の子のスタンドと思わしき商人スタイルの鳥が面白そうにコチラを見ていた。



「影崎ッ、てめえッ!!!」
「悪いな、ホル・ホース。俺は―――」



SPW財団。
ジョナサンの友人にして、戦友のロバート・E・O・スピードワゴンがジョースター家の為に作ったといっても過言ではない財団。
スタンド使いで、この世界に身寄りがない俺でも唯一保護してくれそうな光の道。



「―――俺はもう、あそこにいるのは」



「ぱぱ?」



嫌なんだよ、という言葉は、喉の奥に引っ付いて声にならなかった。
小さくてかわいい、友人の、目下の敵の、息子。



その子を置いて、逃げるのか、俺は。
あの優しい小さな子を、俺を”ぱぱ”と呼んでくれたあの子を、あんな血みどろな館に置いていけるのか。



ギチリ、と歯が音を鳴らして、口いっぱいに血の味が広がる。

一度だけ見た。

DIOがハルノを見つめる目は息子を見るような目ではなかったじゃないか。
まるで何かを道具を見るような、俺に向けられるソレのようだったじゃないか、と。

数弾の銃弾を撃ち込まれた足が、手が、歯が震える。



そんな場所に、俺はあの子を置いていけるのか。



「・・・げろ、」
「―――――え?」
「いいからさっさと逃げろ!!アイツに殺されたいのか!!」



間抜けな声が、帽子の男の口から漏れた。
そいつの首根っこを掴んで、キャラバンと呼ばれたスタンドの袋に放り込む。
去り際に、奴はエジプトだ、とそう吹き込むことも忘れずに。

あっという間にその袋に吸い込まれた男は見る影もなく、後にはただコチラを面白そうに見るスタンドだけが残る。そいつに「恩を仇で返すなよ」と言えば、彼は俺を一瞥した後、「貸しを一つ作ってしもうたなあ」とだけ言って跡形もなく消え去った。

その場に立ち尽くした俺はハアと重い溜息をはいた後、地面に半分埋まったままのホル・ホースのそばによって彼の両腕をつかむ。
手が少し震えているのは許してほしい。



「影崎・・・テメー、どういう了見だ。あぁ?」
「・・・・・何も、聞かないでくれ」
「場合によっちゃあ殺す。いくらテメーでも、毒入りの弾丸なら無事じゃあすまねえだろうからよォ」
「・・・・・」
「―――俺は本気だぜ」
「・・・・・」
「3」
「・・・・・」
「2」
「・・・・・」
「1」



パン

と、軽い音。今度はいつかの様に眉間ではなく、鼻のど真ん中。脳幹を確実に潰せる、一発で相手を仕留められる場所・・・らしい。

それを避けられる筈もなく。かといって、言い訳をする気もなく。

もしかしたら、このまま死ねば元の世界に戻れるかもしれないと少なからず考えていたのかもしれない。だが。・・・あの子を残してはいけない。そう思ったから、だから、俺は今死んでいないのかもしれない。だから、元の場所に戻れないのか。

思いっきり息を吸って、吐く。

次いで飛んでくる拳を受けて盛大にぶっ飛んだ俺は、ずざあああと大きな音をたてて倒れこんだ。
どうでもいいが、本日三度目のぶっとびである。身体が痛い。
ゲホゲホとえずいた俺の頬をホル・ホースが容赦なくぶん殴った。
スタンド能力は、発現しなくて、ただただ痛い。
痛くて、辛い。



「―――この・・・死にたがりが!」
「・・・っ」
「何か目的があるんならなァ!中途半端な事してねえで男ならやり通せッこの甘ったれがァーーーッ!!人間死なねえなんて事はねェ。たとえテメーが死にたくないと思っても死ぬときは死ぬッ!・・・テメーにはなァ影崎ッ!!―――ねえんだよ」
「・・・・・・・なにがだホル・ホース」
「這いつくばってでも泥水すすってでも生きてやろうっていう覚悟がねえ。悔いのない様に自分の為に生きてやろうという覚悟が足りねえ。そんなんじゃあ目的が果たされねえまま終わっちまって、後悔ばかりが残るっつーことが分かんねえのかこの馬鹿がッ!!」



ガツンと物理的にも精神的にも衝撃が来て、俺はまたぶっ飛んだ。
俺は弱い。当たり前だ。だってそんなに強くなくても今まで簡単に生きられた。
守られていた。誰に?―――自分の親に、家族に、友人に。

じゃああの子は誰が守ってくれるんだろうかとふと思う。俺はさっきあの子を置いていけないと思った。何故だ?それは、もう。当たり前のように俺の中にあって。

あるから。

急に目の前がぱっと開けた様な気がして、俺は頬についていた砂利をはらい落とした。
ホル・ホースの眼光が俺を射抜いて、その手が殴りすぎて血まみれだという事にようやく気付く。
ああ、これは、痛いわ。そして馬鹿なのはこいつもだ。本当に馬鹿だ。ばーか。泣いてなんかいねえよ。つらい。マッチョに物理でなだめられるってつらいなあ・・・ほんとに、いたい。ばかだ。


「だから覚悟を決めろ影崎。俺はまだテメーがオレンジジュースをパクったことを許しちゃあねえぜ」
「・・・今の流れで、それ言うか?普通・・・」


さっきとは違う意味で息をはきながら、思わず苦笑した。
バカだな、お前。
お前みたいな奴、本当は暗殺者に向いてないんじゃないか?
と言えば、うるせえと頭を叩かれた。


(毒なんて、持ってねえよ)



小柄少女の金田/キャラバン使い(フリーゲーム 七人目のスタンド使いより)


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