年季入りの執着心

(……あ、駄目だ)

 飽きた、と心のうちで呟くと同時、握っていたシャープペンシルが手から滑り落ちる。筆記具は机の表面にぶつかって鈍く音を立てた。先から出ていた0.3ミリの細い亜鉛がぽっきり折れる。先ほどまで必死に書き写していた英語の文法の説明は中途半端なところで途切れていた。

 別に、何かきっかけがあったわけじゃない。ただ、文字を書くことに、飽きが生じてしまっただけだ。わたしは肺に溜まった空気を深く吐き出し、だらしなく机に肘をついた。視線を持ち上げる。英語教師は淡々と板書の量を増やすことに専念していた。

(退屈、だ)

 眠くもないのに欠伸が洩れる。授業中の教室に、暇を潰せる何かなんてあるはずもなく、わたしは暇を持て余していた。……否、本来は暇じゃいけないわけだけど。

 どうしようかなあ、なんて、手の中でくるくるとシャープペンシルを回してみる。回し始めて何回目かで、勢い余ってペンはわたしの手から吹っ飛んだ。そろ、と目立たないように床に落ちたそれを拾い上げ、また零れるのはため息だ。……スマホ、弄りたい。

 手持無沙汰に教室内を見渡した。後方の席はこういうことが出来るから悪くない。勿論、あんまり頭が動いていると怒られるかもしれないので、視線だけでひっそりと。そうやって一人観察ごっこに勤しんで暫く、無意識のうちに一人の背中を見つめていた自分に気が付いた。またかい。己に突っ込みを入れて顔をしかめる。自分の執念深さには、ほとほと愛想が尽きた。

 そうは思っても、中々目を逸らせない。それも仕方がないか、と実は殆ど諦めが付いている。何せこの執着は小学四年生の頃から数えて実に六年物。よくもまあ、と彼の丸まった猫背を視線で撫で上げながら喉の奥で小さく笑った。

 加畑、良樹。声に出さずに口の形で呟いた、それだけで胸が痛い。わたしの幼馴染で、初恋の人で、たぶん、今でも好きな人。どうしようもないなあ、報われないことなんてとうの昔から知っているのに。唇を、中指の腹でそっとなぞった。

「……では、本日の宿題は今言った範囲です。次回の授業までにやっておくこと。予習も忘れないように」

 では日直、号令。感情が欠落したような声で教師が言った。その声で我に返る。もう授業終わったのか、と思って時計を見れば、むしろ普段より三分ばかり終了時刻は遅れていた。どうやらわたしは随分と意識を飛ばしていたらしい。

 そんなことを考えていると、周りのクラスメイトたちが椅子をガタガタ言わせながら立ち上がる。遅れてわたしも席を立った。浅く頭を下げて、だらだらと挨拶をした。次はお昼休みだ。

 いつも一緒にお昼を食べる友人が今日は風邪でお休みなので、どこでご飯を食べようかな、と思いながら鞄からお弁当箱を取り出す。スマホも同時に取り出して、ブレザーのポケットを上から叩いた。そこには煙草が隠されている。

 校舎裏のベンチで食べよう。場所を決めて教室を出る。飲み物も買っていきたかったので、お財布から五百円玉だけ持ってきた。

「おい良樹、早くしろよー! パン売り切れちまうぞ!」
「先行ってろって! そっこーで追い掛けっから!」
「買っといてはやらねーから早くしろよー!」

 背後で男子たちの笑う声が聞こえる。わたしはそれから逃れるように、廊下へ出ると後ろ手に教室の扉を閉めた。
 ご飯より、今は煙草が吸いたい、な。



by 水島 新




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