nostalgia

悔の話

エピローグ


「……そう、か」


 語り終えた若者に、何も言うことは出来ず、男は短くただそれだけの言葉を吐き出した。若者は先程頼んだ酒を、やはりちびり、ちびりと舐めている。その顔には何の表情を浮かんでいない。暗く沈んだ瞳は、何も映してはいないようだった。


「ただの馬鹿だったんです、僕は」


 語っている際には『俺』になっていた一人称は、いつの間にか『僕』に戻っていたようだった。男はそのことに気付く様子もない。若者もまた、自分のそんな変化に気付いてはいなかった。ただ思っていたよりずっと壮絶だった若者の話の余韻に浸り、呆然とすることで精一杯だったのである。
 ごそごそと、若者は懐から古びた茶色の小袋を取り出す。そして中から取り出したのは、立派な琥珀の石だった。おそらく、若者が彼女から貰ったというそれだろう。彼は苦々しい表情でそれを見つめる。


「一回でも、素直になれていたら。一回でも、優しく出来ていたら……もしかしたら、本当に小さい可能性でも……」


 台詞は完結されることなく、彼はそのまま口を閉ざす。ぎゅっと石を握った。暫くそうして拳へと視線を落としていたが、若者はふと懐から時計を取り出す。一瞥し時間を確認すると、彼は小袋に琥珀を仕舞い込んだ。それから残りの酒をぐいっと一気に煽り、男に向かって僅かに笑う。


「たまたま、夢に見て思い出したんですよ。でも、貴方に話すことが出来て、少しだけすっきりしたかもしれません。ありがとうございました」

「いや、俺は……」

「でも、僕はそろそろお暇して宿に戻らねばなりませんので、失礼します。……彼女が寝ている間に抜け出してきてしまったので、あまり長居は出来ないんですよ」

「彼女? ……恋人か?」

「そんなんじゃありませんよ。彼女っていうのは、僕の師匠のことです」


 それだけ言うと、若者は金を置いて店を出た。男も慌てて少し多めの金を置くと後を追う。彼が速足で歩いているせいか、もう距離が少し出来ていた。どんどんと遠ざかっていく背中に、男はほぼ衝動的に呼びかける。


「――おい!」


 若者は、その声に素直に振り向いた。男はしかし自分でも何故彼を呼び止めたのか判らずに、声を掛けたその衝動のまま言葉を吐き出す。


「お前、まだその幼馴染の女の子を想って生きているのか?」


 若者はその問いに少しだけ目を見開いて、そして目を伏せて微笑んだ。その夜で初めて見せた微笑は月光に照らされて、夜の闇に溶け込みそうなほど儚く映る。その微笑を湛えたままに、彼は静かに頭(かぶり)を振った。


「いいえ。――もう僕には、彼女以上に愛しくて守りたい存在がありますから。……まあ、あの人にとって僕は大切な人の代わりでしかありませんけれど」


 では、と軽く会釈をして、今度こそ若者は歩み出した。男は若者の背中が闇に消え行くまで、ただそこに突っ立ってそれを見送る。その背中はもう、一度も振り返ることはなかった。


懺悔の話
さようなら、ごめんね、さようなら、――ぼくのいとしかったひと。

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